シャビ・アロンソは10年で名将の仲間入り 「ピッチの指揮官」はパーソナリティで人を束ねた (3ページ目)
【誰も異論を唱えなかった】
なぜなら、アロンソは派閥を作らなかったからだ。特定の選手たちと親しくすることも、監督の腰巾着になったりすることもない。中立を保っていた。裏で徒党を組んで、自分に得があるように状況を動かすようなことはなかった。
簡単なことに思えるかもしれない。しかし、グループに属さずに独立した存在であり続けるには相当の実力と覚悟がいる。クラブ内にはさまざまな感情が渦巻き、さまざまな勢力が蔓延(はびこ)っているからだ。
誰に対しても阿(おもね)ることはないだけに、アロンソは言葉に重みがあった。だからこそ、誰も「アロンソが言うなら......」と、異論を唱えなかった。パーソナリティに嘘がなく、詭弁を用いないことから、熾烈な競争が続くチーム内で、船が停泊するときの錨のような役を担っていた。
「チームが勝つことがすべて」
アロンソにはその絶対的正義があって、勝利のために黙々とプレーをやりきった。このキャラクターはいわゆるキャプテンシーとはちょっと違うが、リーダーシップの一種だろう。
その結果、アロンソが所属してきたチームはタイトルをつかみ、ほとんど例外なく好成績を収めている。それが「常勝将軍」の異名の由来だ。
それは監督になっても変わらない。そのパーソナリティによって、人を束ねているのだ。
「これはヨハン・クライフが言っていたことだけど、『1番美しいのは、選手としてプレーすること。2番目に美しいのは監督』。私もそう思う。いまは監督になってみて、選手を通じてサッカーを楽しんでいるよ。目標は設定していない。現役のときもそうだったけど、目の前のことをひとつひとつ懸命にやってきた。日々、野心的に挑みながら、楽しんで前に進みたい。結果というのは後からついてくるものさ」
孤高の男だからこそ、ここまで腹を括れるのだろうか。幼少の頃から、長い選手生活を通じて、そのパーソナリティを練り上げてきた。その揺るぎなさは、監督としてチームを束ねる柱だ。
シャビ・アロンソ
1981年、スペイン・バスク州トロサ生まれ。レアル・ソシエダの下部組織で育ち、現役時代はソシエダ、リバプール、レアル・マドリード、バイエルンでプレー。スペイン代表として2008年と2012年のユーロ連覇、2010年ワールドカップ優勝に貢献した。2017年に現役引退後、翌2018年にレアル・マドリードU-14監督に就任。レバークーゼン、レアル・マドリードを経て、2026年、チェルシーの監督に就任。
著者プロフィール

小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。
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