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スペインをワールドカップ優勝に導いた指揮官の「調整力」 新連載・名将たちの人心掌握術 (2ページ目)

  • 小宮良之●文 text by Yoshiyuki Komiya

【選手を型にはめない】

 1994年に引退後、デ・ラ・フエンテは97年から指導者としてのキャリアをスタートさせたが、道のりは地味だった。スペインのリーグ構造では4部に相当するリーグで3シーズン、地道に経験を重ねた。その後、3部のチームを1シーズン指揮している。

 転機はセビージャのユースを率いたことだった。セルヒオ・ラモス、ヘスス・ナバスなどとの共闘で、監督として覚醒した。その後はアスレティックに戻り、セカンドチームを率いて2シーズン、若手の指導で評価を高めた結果、スペインのアンダー代表の監督を任されることになった。

 デ・ラ・フエンテはU―19、U―21で結果を出し、2021年東京五輪では準優勝を果たした。ユース年代をともに戦ってきたマルク・ククレジャ、ペドリ、ダニ・オルモ、ミケル・オヤルサバルなどとともにフル代表でも共闘し、ワールドカップ王者になった。若く才能のある選手たちによって引き上げられたとも言えるし、逆に彼が若く才能のある選手を引き上げた、とも言える。

 デ・ラ・フエンテは教育者のような風貌だが、戦術を押しつける監督ではない。むしろ共同作業を好む。スペイン代表番記者のひとりは「デ・ラ・フエンテは選手を型にはめない。選手が型を作るように促す」と評価する。アクの強さがないことで、選手からの信望も厚い。クラブで活躍した選手は年齢や代表歴にかかわらず招集し、チームのダイナミズムを高めてきたからだ。

 そのマネジメントの土台は「調整力」と言うべきか。チームがうまくいくための戦略、戦術を選択。そのためには若手の積極的な抜擢だけでなく、EURO2024で優勝した際には、前年に32歳で初代表入りしたホセルを選ぶなど、年齢にもキャップ数にも囚われていない。直近のプレーを軽んじることなく、その勢いを惜しみなくチームに取り込んでいった。

 デ・ラ・フエンテ自身は、無色透明にすら映る。しかし、代表という組織を色づけするのは、選手であることを認識していたのだろう。誰が戦力になるかどうかを突き詰め、その序列を重んじたからこそ、選手も納得してプレーしたのだ。

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