元オランダ代表の地獄からの生還。YouTuberとなって暴露連発&若手に忠告
あのスーパースターはいま(6)後編
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西ドイツに3度目のW杯優勝をもたらしたアンドレアス・ブレーメと、イングランドをW杯4位に導いたポール・ガスコイン。国民的英雄となった2人だが、現役引退後、スーパースターの面影はなかった。苦難とスキャンダルにまみれ、落ち着いた生活を取り戻すまでに長い年月がかかった。
一方、一度はどん底に落ちながらも、見事に復活をとげたのは、元オランダ代表のアンディ・ファン・デル・メイデだ。彼については現役時代から話をする必要がある。
ファン・デル・メイデは多くの優秀な選手を輩出しているアヤックスのユースで育ち、17歳でトップチームデビューしたエリート選手だ。代表ではU-15からすべての年代別カテゴリーを経験し、23歳でフル代表入りを果たしている。スピードがあり、テクニックに優れ、サイドでの1対1の戦いには驚異的な強さを見せた。プレーは正確で鋭く、現代的なウイングに必要なすべてを持っていると称賛された。
当時のアヤックスにはクリスティアン・キヴ、ヴェスレイ・スナイデル、ラファエル・ファン・デル・ファールト、ズラタン・イブラヒモビッチなど、未来のスターたちがそろっており、国内では2冠を達成している。イブラヒモビッチとは、どちらも優等生タイプではなかったこともあり、ウマがあった。
「オランダを代表するウイング」と呼ばれたアンディ・ファン・デル・メイデ しかし、「時期尚早だ」と止めるロナルド・クーマン監督の反対を押し切り、イタリアのインテルに移籍した頃から、ファン・デル・メイデのツキはどんどん落ちていった。ファン・デル・メイデを呼んだはずの監督のエクトール・クーペルが、彼を見て開口一番、「こいつは誰だ?」と言ったのは有名な話だ。
ミラノに行って1週間後には、アヤックスのチームマネージャーに、「オランダに戻りたい」と電話している。10月に監督がアルベルト・ザッケローニになると、彼はほとんど使われなくなり、翌シーズンのロベルト・マンチーニ体制下では完全にベンチ要員になった。
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