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横浜F・マリノスの宮市亮を育てた『NARUTO』と『SLAM DUNK』 中京大中京の同級生・木原龍一は"ジャンプ係"だった (4ページ目)

  • 取材・文●舩木渉 Wataru Funaki

【龍ちゃんに『ジャンプ』を借りて】

 宮市は、高校時代にクラスメイトだった木原龍一──フィギュアスケートのペア"りくりゅう"として知られる、あの木原──とのエピソードも明かしてくれた。

「3年間同じクラスだった(木原)龍ちゃんは、月曜日になるとジャンプを教室に持ってきて、みんなに貸してくれる『ジャンプ係』みたいな存在でした。僕も借りて読んでいました」

 安西先生の名言である「あきらめたらそこで試合終了ですよ」は宮市の記憶にも刻まれている。何度も膝に大ケガを負いながら、そのたびに復活を遂げて日本代表まで上りつめ、F・マリノスにとっても重要な選手であり続けている。木原は三浦璃来と"りくりゅう"ペアを組み、自身4度目の五輪出場となった2026年ミラノ・コルティナ五輪のフィギュアスケート・ペアで悲願の金メダルを獲得した。

 宮市は「マンガは青春を共にしたもの」だと述べ、こう続ける。

「マンガから得るものは大きかった。自分自身がマンガに救われたこともありましたし、海外に出てひとりで戦っている時の楽しみのひとつがマンガを読むことでもありました。コミュニケーション面でも、マンガを通じて会話が広がりましたし、マンガやアニメの文化は日本が誇るべきものだと、海外に出てよりいっそう感じるようになりました」

 中京大中京高校在学中にイングランドの名門アーセナルへの加入が決まった宮市は、イングランドやオランダ、ドイツのクラブを渡り歩いて欧州で約10年間プレーした。日本を離れていてもマンガは常にそばにあり、サッカーと向き合うにあたっての原動力となった。

(つづく)

>>> (後編)宮市亮のアーセナル時代の同僚ウォルコットは『ドラゴンボール』が大好き ポドルスキは日向小次郎に憧れていた

宮市亮(みやいち・りょう)/横浜F・マリノス
 1992年12月14日生まれ、愛知県出身。183センチ、79キロ。中京大中京高時代にアーセナルと正式契約を交わし、2012年2月にはローン先のボルトン・ワンダラーズで日本人最年少となる19歳1カ月28日でプレミアリーグに初出場した早熟の高速ウイング。欧州ではそのほか、ウィガン・アスレティック(イングランド)、トゥエンテ(オランダ)、ザンクトパウリ(ドイツ)でプレーした。度重なる負傷を克服し、近年は横浜F・マリノスの顔のひとりとして、活躍している。

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