「鹿島にすべてを捧げる」優勝に向けて奔走するポポヴィッチ監督の半生とは

  • 木村元彦●取材・文 text by Yukihiko Kimura

■ランコ・ポポヴィッチの半生 前編
鹿島アントラーズ監督ランコ・ポポヴィッチ。情熱溢れる指導のみならず、選手のポジションを大胆にコンバートするなど策にも富んだ名将だ。そんなポポヴィッチは、我々には想像しがたい稀有な旅路を歩んできている。14歳で父を亡くし一家を支え、兵役、そして祖国の崩壊......。鹿島を再び常勝軍団へと導くべく戦う、彼の半生をここに記す。

今年鹿島アントラーズの監督に就任したランコ・ポポヴィッチ監督©KASHIMA ANTLERS今年鹿島アントラーズの監督に就任したランコ・ポポヴィッチ監督©KASHIMA ANTLERSこの記事に関連する写真を見る

 ランコ・ポポヴィッチがこのチームを指導してきてすでにシーズンも半ばを超えた。

 そのタイミングでのインタビューは鹿島アントラーズを率いるモチベーションについて聞くことから始まった。ポポは間髪置かずに口にした。

「鹿島にすべてを捧げようと思わないはずがない」それはなぜか。「私はリーグを代表するこの名門クラブで働く機会を与えてもらった。そのことに感謝しないはずがない」

 イビツァ・オシムはジェフ市原(当時)の監督に就任する際、日本の歴史を深く学んで来日した。8月6日に「今日は広島に原爆が投下された日なのを知っていますか」と訊くと「当初、米軍機に新潟が標的にされていたのだろう」と返された。千葉のみならずアウェーで戦う土地の沿革までが彼の脳裏にはインプットされていた。影響を受けた恩師同様にポポが鹿島の指揮官に就く際、アントラーズの歴史を紐解いていたのは、広く知られている。「人生において重要なのは他者をリスペクトすること。両親はそうやって私を育ててくれた。サッカークラブに限らず、国家や組織をリスペクトするということは、どういうことか。それは、仕事をこなすということだけではなく、敬意を持って歴史を知ることです。鹿島はここ数年タイトルから遠ざかっているなかで私を選んでくれた。優勝というミッションはもちろん分かります。ただ、それだけではなく歴史を知って取り戻していこうと考えています。私にとってまた大きなモチベーションになっているのは、鈴木満さん(現・フットボールアドバイザー)の存在です。あの常勝鹿島を作った人が、ひとつの勝利について物凄く喜んでくれる。その姿を見たら、よし、またやってやろう、自分の力を出しきって行こうと思うのです。鹿島というクラブに与えてもらっているものが大きい。それをまたクラブに返さないといけない。優勝記録をひとつ伸ばすだけでは全然足らないと考えています」。

 なるほど。アントラーズの足跡を辿ったことが、結果的に大きな、モチベーションにつながった。では、と鹿島の歴史を学んでくれたポポにもちかける。広報の松本さんからのリクエストで次はサポーター、ファンを含む多くの人がポポの歴史を知りたいのではないかという、それを語ってくれないか? セルビア人は「もちろん」と首を縦に振った。

 ランコ・ポポヴィッチの記憶をたどり、その半生を巡る旅に出た。

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著者プロフィール

  • 木村元彦

    木村元彦 (きむら・ゆきひこ)

    ジャーナリスト。ノンフィクションライター。愛知県出身。アジア、東欧などの民族問題を中心に取材・執筆活動を展開。『オシムの言葉』(集英社)は2005年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞し、40万部のベストセラーになった。ほかに『争うは本意ならねど』(集英社)、『徳は孤ならず』(小学館)など著書多数。ランコ・ポポヴィッチの半生を描いた『コソボ 苦闘する親米国家』(集英社インターナショナル)が2023年1月26日に刊行された。

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