2018.06.17

齋藤学が明かす電撃移籍とW杯落選。
「今なら話すことができます」

  • 原田大輔●取材・文 text by Harada Daisuke
  • 是枝右恭●撮影 photo by Koreeda Ukyo

齋藤学インタビュー@前編

 ひとつの区切りとでも言えばいいだろうか。ようやく自分の気持ちに決着をつけたのであろう。齋藤学は、こう切り出した。

「ロシアワールドカップのメンバーが発表された後なので、今なら話すことができますね」

横浜F・マリノスを離れた齋藤学に現在の心境を聞いてみた 思わず顔を上げて齋藤を直視する。その表情は、どこか清々しく見えた。

 ただ、そのひとことですべてが理解できた。齋藤がケガからの復帰を目指してもがいてきたことも、育ったクラブに別れを告げて川崎フロンターレへと移籍したことも、すべてはあの日からつながっていたのだ。

 失意の2014年ブラジルワールドカップ――。

「4年前のワールドカップでは日本代表に選ばれましたけど、ピッチに立てず、すごく悔しかった。だから、それからは、自分自身に何か変化を起こさなければいけないと思って、食事の方法を変えてみたり、トレーニングの方法も変えてみたりと、いろいろなことにトライしてきた。

 それこそ昨シーズン、横浜F・マリノスでキャプテンをやりましたけど、それも最初は悩んだんです。でも、キャプテンをやることで、自分自身も何か得られることがあるんじゃないかと思って引き受けたんですよね。変われるのであれば、何でもやろう、やってやろうって思っていた。

 それだけ、この4年間で、ワールドカップというものは自分の中で、ものすごく大きなものになっていたんです」

 結果的に、ロシアワールドカップへの出場は叶わなかった。ただ、そんな夢であり、目標をもっと早くに失いかけるアクシデントが齋藤を襲った。昨年9月23日である。当時、横浜F・マリノスに所属していた齋藤は、J1第23節のヴァンフォーレ甲府戦の試合中に負傷した。

「ケガした瞬間は、右ひざのどの部分を負傷したのかわからなかったんですよね。試合翌日にMRIを撮影して、ドクターから『全治8ヵ月です』と言われて初めてわかったんです。それで手術の予定日から逆算すると、復帰できるのは6月末。その瞬間、ワールドカップのためにずっとがんばってきたのに、もう無理だな、これで少しの望みもなくなってしまったなって思いましたよね」