「森保一監督、参戦!」新春スペシャル鼎談  「こんなにフランクでいいの!?」中村憲剛と佐藤寿人が本音をぶつけてみた (3ページ目)

  • 原山裕平●取材・文 text by Harayama Yuhei

憲剛 じゃあ、お互いによくわかっているわけだ。

寿人 僕が広島に移籍したのは23歳の時で、当時、ポイチさんは主に若手を指導するコーチでした。僕は試合に出ていたんですけど、なかなかチームが勝てないなかで、やっぱりちょっと、表情に出てしまったんですよ。

 その時にボイチさんに「チームを引っ張らなきゃいけないお前がそんな顔をしていたらダメだぞ」と言われたんですね。そこでハッとさせられましたし、その時から常に気づきを与えてくれる指導者というイメージが強いですね。

── 監督にとって寿人さんはどういう選手でしたか?

森保 自分が点を取ってチームを勝たせる、という責任感が強い選手でしたね。だから結果が出ないとか、チームがうまく回らない時に、背負ってしまうところはあったと思います。その時に「自分のよさを出しながらチームを引っ張っていってほしい」というようなことは話したかもしれないですね。

 でも、本当に貪欲で「向上心の塊」のような選手だったので、どうやったら点を取れるんだろうっていうことを常に考えていましたね。その探究心は本当にすごいなと。

 自分を向上させるために努力する姿は選手時代も間近に見させてもらいましたし、指導者としても一緒に仕事をさせてもらったなかで、チームを勝たせるために何をすべきか、ということを常に考えるような選手でした。

── 時に意見が合わないことも?

森保 言葉は強いですからね(笑)。お互いに意見が食い違う時もあったと思いますが、ストライカーはどちらかと言うと自分のことだけを考えがちですけど、寿人の場合はチーム全体のことを考えながらやってくれていたと思います。

 若手だったり、チームをどう引っ張っていくかという想いを常に持っているなと感じていました。たしかに一度だけ、言うことを聞かなかったというか、ネガティブに受け止められたエピソードはありましたけど(※2014年の鹿島アントラーズ戦で交代を告げられた寿人さんが森保監督との握手を拒否し、1週間の謹慎処分になった)。

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