【プロ野球】投手起用の革命家・近藤貞雄が大洋に 齊藤明雄が明かす「先発か抑えか」の30分の対話と"確執報道"の真相 (3ページ目)
【報じられた近藤貞雄との"確執"の真相】
さらに、当時のスポーツ紙によると、「おまえは抑え投手としてはもう限界だ。だから、先発に回れ」と言ったそうなのだが......。
「いや、それは言われてないですね。新聞だったら、逆に僕が先発にこだわっている、という記事も出たはずですよ。『リリーフをやれ』と言われたけど、体がしんどいから、僕が近藤さんに逆らって『先発をやらせろ』と言った。それでもめている、という記事を読んだことがあります。でも、僕はそんなふうには言えませんから(笑)」
口髭をたくわえた強面で、硬骨漢としても知られた齊藤。それだけにスポーツ紙は、強気な近藤との衝突を期待したのかもしれない。近藤もまた、そうした報道に乗った節がある。両者の間には「確執あり」とされ、「冷戦」とまで書き立てられた。ところがそんな対立はなく、齊藤自身、起用法にはまったくこだわりはなかったという。
「近藤さんが新聞記者を面白がらせていたのかもしれません。選手の知らないところでつくられている話も多かったんじゃないですかね。ただ、近藤さんは記者を通じて、『監督がこんなことを言っていますよ』と、ワンクッション置いて何かを伝えるようなことはまったくなかったです。選手とは直接話をしてくれましたし、真摯な人だったと思います。変に回りくどいことはせず、その場で、真っすぐに直接話をしてくれる方でした」
中日監督時代の近藤は、選手と積極的に対話しなかった。選手と飲食をともにする機会もつくらなかった。選手との間に私情が生まれれば、指揮官としての判断に狂いが生じるというのが持論だったからだ。
それが、二度目の監督となった大洋では、スタンスに若干の変化があったのだろうか。齊藤によれば、飲食をともにすることはなくても、選手との対話は多かったようだ。のちに近藤自身も、秋季練習で選手たちと重ねた対話について明かしている。
「登板日がはっきりしている先発投手のほうが、体は楽だと思うんですよ。そろそろ齊藤には先発に戻ってもらいたい。去年(1985年)は先発の駒も足りなかったし、そう考えていたんですが......。でも齊藤が先発に回ると、今度は抑えがいなくなる。そこで私の考えは、齊藤に先発復帰もあるんだと思わせて、最終的には本人に抑えを選ばせるようにしたわけです」
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