ひちょり少年を笑う者は、いつも「野球」で黙らせてきた
森本稀哲インタビュー(中編)
その少年は、いつも帽子をかぶっていた。
大会の開会式で脱帽すると、周囲から笑い声が聞こえてきた。
「あっ、ハゲがいるぞ!」
小学生が放った他愛のない一言が、少年に突き刺さる。汎発性円形脱毛症を患った少年は頭髪がすべて抜け落ち、全身の体毛を失っていた。チームメイトの同級生にからかわれることはなかったが、他チームの選手にとっては「格好のネタ」だったに違いない。だから少年は、普段はなるべく帽子をかぶるようにしていた。
2006、2007年と鉄壁の守備を誇った(左から)稲葉篤紀、新庄剛志、森本稀哲の外野陣
だが、大会が進むにつれて、笑う者はいなくなっていった。少年は圧倒的な力で周囲を黙らせていったからだ。
少年は思った。「なんて気持ちがいいんだ。もっとうまくなりたい!」と。
その少年、森本稀哲の野球人生は「周囲を黙らせる」ことの繰り返しから始まった。
「小学校は荒川区のチームだったんですけど、誰も笑うヤツはいなくなりました。中学は足立区のチームに入ったので、また笑われるようになって、それも1年くらいしたら笑われなくなりました。高校では、最初は先輩とかから笑われることもあったんですけど、2年くらいからみんな黙るようになりました」
高校3年の夏、森本は東京大会の開会式で選手宣誓の大役を任された。東京中の球児が畏怖するピンストライプのユニフォームをまとい、学生野球の聖地・神宮球場で胸を張って高らかに宣誓をする。もちろん、帽子は脱いでいたが、笑う者は誰もいなかった。森本は当時を「心から自信に満ちあふれていたと思います」と振り返る。
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