2021.09.12

宮司愛海アナが振り返る東京オリンピック・パラリンピック。問い続けた「スポーツが伝えられることとは」

  • 佐野隆●写真 photo by Sano Takashi

宮司愛海連載:『Manami Memo』第26回

 フジテレビの人気スポーツ・ニュース番組『S-PARK』とweb Sportivaのコラボ企画として始まった『Manami Memo』。第26回は、フジテレビ五輪報道のメインキャスターとして活躍した宮司アナが、東京オリンピック・パラリンピックを振り返ります。

3年半、オリンピックに向けて取材を重ねてきた宮司アナ3年半、オリンピックに向けて取材を重ねてきた宮司アナ  東京オリンピック・パラリンピックが閉幕しました。

 まずは、出場した選手の皆さんはもちろん、暑いなか運営に当たってくださったボランティアスタッフの皆さん、医療従事者の皆さん、大会に携わったすべての方々に心から尊敬の意を表します。

 今大会は、オリンピック・パラリンピックともに多くのメダルが生まれました。

 オリンピックでは金27、銀14、銅17と、前回のリオ大会41個を大きく上回る日本史上最多58個のメダルを、そして、過去最多の254選手が参加したパラリンピックでも、金13、銀15、銅23と、51個ものメダルを獲得しました。

 無観客開催となった今大会、画面を通じてご覧になったみなさんは、どんな思いをもったでしょうか。

 今回は、伝える側として大会をどう感じたか、振り返る回にしたいと思います。

国立競技場を背に 写真:フジテレビ提供国立競技場を背に 写真:フジテレビ提供 【オリンピックでの印象深い瞬間たち】

 まず、オリンピックでは、競泳・大橋悠依選手と体操・橋本大輝選手の2冠達成に、レスリング川井梨紗子・友香子姉妹の金メダルや柔道阿部一二三・詩兄妹の同日金メダルなど、感動の瞬間は挙げきれないほどありますが、特に中継を担当した、卓球混合ダブルスの水谷隼・伊藤美誠ペアの決勝は忘れることができません。2ゲーム先取されたところから3ゲーム連取し、次のゲームを取られ再び絶体絶命の状況に立たされるも、最終ゲームを勝ち取り掴んだ、あの大会史に残る金メダル。水谷選手が後ろで構え、伊藤選手が前に出るという基本的なスタイルを窮地で変え、積極的に前に出るプレーで水谷選手が作った流れを伊藤選手が持ち前の攻撃力でものにする。地元・静岡県磐田市が同じ、昔からよく知る仲だからこその、息のあったプレーでした。これまで一度も勝利したことのない中国ペアに、大舞台で初めて勝って金メダルを獲得した瞬間は、感動のあまり自分の手が震えたことを思い出します。

 女子バスケの銀メダルも凄かったですよね。準々決勝のベルギー戦、終了間際で林咲希選手が放ったあの逆転の3ポイント。現場で見ていて、興奮のあまり思わず仕事を忘れて叫んでしまうほどでした。厳しい練習を重ねチーム一丸となって掴んだ史上初のメダルは、これからの女子バスケ界にとって大きな価値をもたらしたと思います。

 それから、メダルには届かなかったものの、男子バレーの躍進も忘れてはなりません。大学時代から海外挑戦を続けてきたキャプテン・石川祐希選手がチームにもたらした「世界と戦う意識」で、試合ごとにぐんぐん高まっていったチーム力。最終順位を7位で終え、実に29年ぶりに8強入りを果たしました。大会後、チームからはすでに西田有志選手と関田誠大選手が海外移籍を決め、今大会大車輪の働きを見せた髙橋藍選手も海外挑戦の意向を示しています。男子バレーの歴史は、今大会を機に大きく動き出していくことになりそうです。

 男子マラソン・大迫傑選手の走りも強く記憶に残りました。6位入賞を遂げたラストランは、どこか彼の哲学が走りから伝わってくるようでした。常に挑戦をし続け新たな道を創り続けてきた大迫選手が、次のステージでどのように陸上界を盛り上げ関わっていくのか、同学年としても注目しています。

 また、今大会初めて採用されたスケートボードやスポーツクライミングなどのアーバンスポーツも盛り上がりましたね。これらの競技は、国を越えて勝ち負けに関係なく互いを称えあい、それぞれのスタイルを尊重する、これまでとはまた違う新たな風をスポーツ界にもたらしたと言えるのではないでしょうか。