満員の国立競技場で蘇る昨季昇格プレーオフの「事件」の記憶 微妙な判定に異を唱えるメディアはなかった (2ページ目)

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki

【VARの介入はなかった】

 しかし、問題はこれで終わらなかった。あとでこの試合の映像を振り返ると、試合を分けたPKシーンが、かなり微妙な交錯であることに驚いたのである。高橋の右足はボールを突いていた。対する染野は左足を不自然な方向に踏み出していた。「PKやむなし」と、記者席で抱いた印象が大きく崩れた瞬間でもあった。

 昇格POだ。来季をJ1で戦うかJ2で戦うかは、クラブにとってはまさしく死活問題だ。その泣き別れとも言うべきワンプレーがかなり微妙だったのだ。にもかかわらず、主審の判定だけでVARは介入しなかった。これは大問題だと筆者は思う。VARは何のために存在するのか。最終的にPKで変わりがなかったとしても、手続きは踏むべきだろう。

 これが海外ならば大騒動に発展していたに違いない。さらにいただけないのは、何も異を唱えることなく沈黙した地元、静岡のメディアだ。クラブに対する愛はないのかと言いたくなる。いったん下った判定に異を唱えるのはスポーツマンシップに反することは確かである。しかしこの場合の焦点は、これほど重大な一戦にもかかわらず、VARが介入しなかったという運営上の問題だ。

 結局、このシーンが微妙なプレーだとして世の中に明らかにされることはなかった。PKを献上した高橋はこの1年間、清水を昇格に導けなかった張本人として、辛い1年間過ごすことになっただろう。このネット社会において、それはさぞ大変な時間だったと推察される。

 横浜FC戦を前に、地元メディアが掲載したプレビュー記事は、高橋のコメントが中心になっていた。国立競技場という因縁の舞台で戦う心構えについて聞き出した記事を掲載することで、前景気を煽ろうとしたのだろう。

 ここですっかり忘れそうになるのは秋葉監督の采配だ。J1に昇格できなかった原因は高橋の反則タックルにありとすれば、その分、それを誘発した監督の采配に対する批判は薄れる。こう言っては何だが、それはサッカー監督にとって致命的と言っていい采配ミスだった。だが、秋葉監督はJ1昇格を逃しても解任されなかった。

 横浜FC戦も、清水は戦力で相手を上回りながら、1-1で引き分けてしまった。サッカーの質は相変わらず低かった。J1に復帰することができても、このままでは多くを望めないだろう。

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