「1番・DH」大谷翔平はその打棒でドジャースを頂点に導き、野球選手の概念を再定義するのか?

  • 奥田秀樹●取材・文 text by Okuda Hideki

大谷は公式戦終盤の打棒をプレーオフでも発揮できるか? photo by AP/AFLO大谷は公式戦終盤の打棒をプレーオフでも発揮できるか? photo by AP/AFLOこの記事に関連する写真を見る

ロサンゼルス・ドジャースは公式戦162試合を終え、98勝64敗でMLB最高勝率、ナ・リーグの第1シードとして、地区シリーズ(1回戦に当たるワイルドカードの次のラウンド)からポストシーズンに臨むことになった。

近年の第1シードチームはプレーオフにおいて勝ち上がれない事実はロバーツ監督体制のドジャースにも当てはまるが、これまで何度も野球の既成概念を覆してきた大谷翔平は公式戦終盤でも驚異的な活躍を発揮してきたように、その打棒でチームを引き上げていくのか。

いよいよ本当の勝負が始まる。

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【公式戦終盤で再現した大谷の凄み】

 大谷翔平は、絶対的なエースが不在でも「1番・DH」でチームを牽引し、ロサンゼルス・ドジャースのポストシーズンにおける「負の歴史」を変える可能性を秘める。それだけ公式戦終盤の活躍は、驚異的だった。

 9月14日、ドジャースのデーブ・ロバーツ監督は、エースのタイラー・グラスノーが右ひじのケガで、今季はもう投げられないと発表。チームに与える動揺は大きく、その日は1対10とアトランタ・ブレーブスに大敗した。同地区のサンディエゴ・パドレスやアリゾナ・ダイヤモンドバックスが猛追してくるなか、ナ・リーグ西地区の優勝さえ危うくなっていた。

 そんななか、大谷は翌日の15日から大暴れし、公式戦最終戦までの14試合で31安打、26打点、7本塁打、11盗塁で、チームも11勝4敗、エース不在でも勝利を収められることを証明した。

 22日のロッキーズ戦では、負ければパドレスとの差が2ゲームに縮まるという緊迫した状況で、大谷は9回裏の先頭打者として登場。セス・ハルバーセンの89マイル(142キロ)の低めのスプリッターを捉え、同点本塁打を放った。続く打者ベッツがサヨナラ本塁打で、劇的な逆転勝利をものにしている。

 25日のパドレス戦では、3対3の同点で迎えた6回裏、2死1・2塁の場面で、相手ベンチは左腕アドリアン・モレホンを投入。しかし、大谷は96マイル(154キロ)の外角高めのシンカーを力強くはじき返し、中前適時打で、これが決勝点となった。この試合で敗れていたら、差は1ゲームに縮まるところだった。

 26日も同様に緊迫した展開で、2対2の7回1死1・2塁の状況でパドレスのリリーフ左腕タナー・スコットの86マイル(138キロ)の外角スライダーを右前に転がし、勝ち越し打とした。大谷はこの日5打数3安打で、チームも7対2で勝利。地区優勝が決まった。

 大谷はここ数年、切望していた「ヒリヒリする」舞台に立ち、チームを勝利に導いた。プロスポーツの世界でスターとなるには、試合の大事な場面で活躍できるかどうかが重要だ。大谷はそういった場面でのプレッシャーを「集中力を高めるための材料」と表現した。

 26日の試合後、ポストシーズンに向けての雰囲気がプラスになっているかと聞かれると、「それはかなりあると思います。ファンの人の盛り上がりも、チームの士気も高い。そこはより集中できる材料かなと思います」と話した。緊張で委縮する選手もいるが、大谷は「集中しすぎて、緊張しているとかどうのこうのを考える感じではなかったです」と言い、次元が違うことを改めて感じさせた。

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著者プロフィール

  • 奥田秀樹

    奥田秀樹 (おくだ・ひでき)

    1963年、三重県生まれ。関西学院大卒業後、雑誌編集者を経て、フォトジャーナリストとして1990年渡米。NFL、NBA、MLBなどアメリカのスポーツ現場の取材を続け、MLBの取材歴は26年目。幅広い現地野球関係者との人脈を活かした取材網を誇り活動を続けている。全米野球記者協会のメンバーとして20年目、同ロサンゼルス支部での長年の働きを評価され、歴史あるボブ・ハンター賞を受賞している。

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