柔道・阿部詩「兄妹同日で金メダル」への思い。「モチベーションが下がることはなかった」

  • スポルティーバ●取材・文 text by Sportiva
  • 布川航太●撮影 photo by Nunokawa Kota

―― そうした強い気持ちは、これまでの競技人生で培われてきたと感じますか?

「そうですね。まずはやっぱり、高校1年時(2016年)のインターハイで、初戦敗退(反則負け)したこと。同じ柔道部の仲間が好成績を残しているなか、私は何をやっているんだろうって。しばらく泣き続けて、立ち直れませんでした。その時、リオ五輪の出場権を逃した兄(一二三選手)から電話があって、『俺に比べたらまだマシや。まだまだチャンスがあるぞ』と。たしかに兄の状況に比べたら、インターハイの敗退でくよくよしている場合じゃない。次のチャンスは絶対につかもうと決意を固められました。この敗戦でくじけることなく、次の目標に向けて邁進できたことが、高校2年時のインターハイやグランドスラム・東京(2017年)の優勝につながったと思うんです。

 これまで戦ってきた1戦1戦、人生の一大勝負と思って本気で臨んできました。それはインターハイでも、グランドスラムでも同じです。目の前の1戦に、誰よりも強い思いを懸けてきた自信がある。だからこれまでの試合をもう一回同じように戦って勝てるか、と言われると、正直自信がないんです。もっと言えば、考えたくもない(笑)。でも、それくらい追い込まれる経験をしてきたからこそ、少しずつメンタルが成長してきたのかなと」

―― 2017年のグランドスラム・東京で優勝した際、「今日から阿部詩の時代を2020年まで続けていきたい」と宣言するなど、以前より、東京五輪に並々ならぬ情熱を語ってきました。

「いま振り返ると、高校生のころは『勢いのあるコメントしていたな』って思います(笑)。勝った勢いそのままのテンションで言っちゃったコメントもあったり。ただ、東京五輪にかける思いの強さは、いまも変わりません。そこで金メダルを獲るという大きな目標が、自分の"軸"にあったことは間違いないので」

―― そんな絶対的な目標であったオリンピックの延期が決まった際、どのように気持ちを切り替えましたか?

「2019〜2020年にかけて、五輪に向けて自分のすべてを懸けて練習していました。ただ、延期が決まった時は、『自分が思い描いていた1年ではなくなったな......』と多少戸惑ったものの、そこまで落ち込むこともなかったんですね。むしろ、五輪まで『もっと強くなれる期間が生まれたんだ』と気持ちを切り替えました」

―― モチベーションが下がることもなかった?

「発表されたのは、"中止"ではなく"延期"だったので、2021年は開催される、その日は必ずやってくる。そう信じてやってきました。だから、モチベーションが下がることはなかった。むしろ、これまでのアスリートが経験できなかったことを、自分は経験できているんじゃないかって、前向きに考えるようにしました」

―― 延期をポジティブにとらえることで、延期期間中の練習に集中できたと。

「そうですね。ポジティブな気持ちや高いモチベーションがあるかないかで、トレーニングの密度はまるで変わります。モチベーションには一見些細なことも関わってくると思っていて。たとえば、走りやすさとか、着心地のよさといった機能性が高いことが前提ですが、かわいくて、カッコいいトレーニングウェアやシューズを身につけると、練習をスタートする時に気分が上がるんです。『今日はお気に入りの柄物のロングスパッツにしようかな』とか『新しいウェアを着てみようかな』って、ちょっとした気分転換にもなります。日々のトレーニングでは、そうした小さなことも大切なんです」

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