パリオリンピック男子バレー 髙橋藍の覚悟「ギアを上げていく」「1点も逃さない」
アメリカ戦でスパイクを決めガッツポーズを見せる髙橋藍 photo by JMPAこの記事に関連する写真を見る パリオリンピック男子バレー、日本が1-3で敗れながらも準々決勝進出を決めたアメリカ戦。髙橋藍にとって1、2セット目は試行錯誤だった。高さのある相手にキルブロックを食らい、強烈なサーブにやや押されていた。
しかし、3セット目、エースのポジションに入って、戦いに適応していた。イタリア・セリエAでやっているポジションで、レセプションからではなく、早い段階でスパイクの準備に入れた。途中出場の大塚達宣と対角を組むと、獅子奮迅。リベロの山本智大のブロックフォローを打ち下ろし、技巧的なプッシュで押し込み、持ち味のダイナミックなバックアタックも決めた。
「早いトスを打つのは好きで、ブロックが完成される前に打ちたいので、やりにくさはなかったですね」
髙橋はそう言ってのけた。結局、その1セットを奪ったことで、日本は自力でベスト8を確定させている。
「適応力」
そこに髙橋の神髄はあるかもしれない。どう化けるか。それを知りたい人が多いからこそ、彼は人気を集めるのだ。
大会前にインタビューで聞いた。
――体が小さく、リベロをやっていなかったら、レシーブ力も身につかなかったかもしれない。その点、バレー人生が導かれている?
髙橋は、ほとんど即答した。
「それは、そうかなって思います。もともと身長があってスパイカーになっていたら、レシーブってところはなかったと思いますね。小さかったからこそ、レシーブだけでも目立とう、という思いが小学校の頃からずっとあったので。レシーブだけは負けないってやっていましたね」
――スパイクでも考える癖がついた?
「(小さかったので)いかに相手のスパイクを取るか、っていうのもそうだったので、考えるようにはなりました。嗅覚とかも、鍛えられたと思いますね」
髙橋はそもそも、バレーボールの指導者が餌にしたポケモンカードに釣られたり、兄の影響を受けてコートに通ったりして、周りの人たちの影響を受けながら、「なるべくしてバレーボール選手として大成した」ように映る。本人も語っていたように、"バレーが好き"が原点というよりも、"何でも勝負には負けたくない"という性分だ。
しかし、"好き"の量が本人で考えている基準が巨大すぎて、そこを満たしていないだけということもある。外側から見たら、その量が膨大なこともしばしばだ。好きでないものを極めることなどできない。
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著者プロフィール
小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。