2022.06.15

53年前、世界プロ野球リーグで戦った「謎の日本人チーム」の正体

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki

「それ見たことかと、またまた新聞、雑誌が書き立てた。でも、そんなんじゃないよ、と。行った連中はとにかく野球やりたい、やりたいんだ! と。行く前にね、リーグが資金面で揉めたときがあって、『おまえらを危険な目に遭わせたくないから、チームを解散してオレはもう監督降りる』と言ったんだけど、みんなに引き留められた。

『いやいや監督、降りないでくれ。必ず頑張るから連れてってくれ。挑戦させてくれ』と。みんな必死になって、切実たる声で『お願いします』と訴えてきた。それで『よし、じゃあ、どうなるかわからんけどやってみるか』と」

 デイトナビーチでのキャンプを経て4月21日、チームはベネズエラの首都カラカスへ飛んだ。3日後、ベネズエラ対日本の開幕戦、2万8000人収容の球場は満員に近い入りとなった。ただ、開幕戦以外は動員が落ち込み、運営面に悪影響を及ぼしたという。

 ともあれ最初の2試合、日本は連敗したが、その後は2連勝し、ひとつの負けをはさんで勝ち続ける。チームの成績はよかったのだ。

「そう。試合に勝てるもんだから、みんな、だんだんと自信持ってきてね。ただ、キャンプやってるときはどうしようかと思った。ベネズエラ、プエルトリコ、中南米の選手の体の能力、強さには素晴らしいものがあったから。

 打つのも投げるのもパワーあるし、第一にみんな足がものすごく速い。こらあ、ヤバいな、と思った。ヤツらに対して、このメンバーじゃ勝てそうにないと思った。それで、まず、選手たちをどうやってレベルアップするかと考えた」

 森さんは指導者として、選手たちをマンツーマンで強化していった。柔道、武道の経験を生かして、フットワークを鍛えるために合気道を採り入れるなど練習に工夫をこらし、重心の高い選手がいれば相撲の四股(しこ)を踏ませたという。木刀を使って、バットの握りや手首の使い方を教えたこともあったそうだ。

 今でこそ、武道を採り入れているプロ野球選手はいるし、相撲の四股も野球界で注目されているが、当時にすればかなり先進的な取り組みだったと言えるだろう。