【ドラフト2024】異色経歴・超無名150キロサイドスロー投手 佐藤友紀の「NPBへの思い」

  • 高木遊●文 text by Takagi Yu

【高校時代は公式戦わずか1勝】

「えっ⁉︎」

 目の前で投じられているサイドハンドからの150キロに迫る豪速球を見て、彼のプロフィールに目を移すと、失礼ながら思わず声が出てしまった。

茨城アストロプラネッツのドラフト候補、佐藤友紀 photo by Takagi Yu茨城アストロプラネッツのドラフト候補、佐藤友紀 photo by Takagi Yuこの記事に関連する写真を見る佐藤友紀(茨城アストロプラネッツ)/経歴:千葉県立千城台高−秀明大

 打者に比べて、投手はどんな環境でも「育ちやすい」という印象がある。それは、打者は投げてくるボールに対応しなければならないという"受け身"なのに対し、投手はあくまで自己主導であるからだ。もちろん、好打者との対戦によって投球術が磨かれていくということもあるが、投球そのものはトレーニングやテクノロジーによって進化しやすいと言える。

 現にNPBでも、いわゆる「無名校」出身者の活躍は、野手より投手のほうが圧倒的に多い。そのなかでも佐藤の球歴は"異色"で、自身もこう証言する。

「高校時代、公式戦は秋に1回勝っただけ。最後の夏は、東海大市原望洋にボロ負けしました。そもそも球速表示がある球場で試合をしたことがなく、最速は130キロを超えるか超えないかくらいですかね。大学では、2年生の後期から入部しました。卒業するまで、千葉県大学野球の3部リーグでプレーしていました」

 高校時代の実績がほとんどないばかりか、大学でも入学当初は野球をしておらず、2年近いブランクがあった。

 野球を再開した理由については、「野球が楽しいという感情がしばらくなったのですが、秀明大はみんなやさしくて明るいチームだったので、『やっぱり野球が好きだな』と感じました」と振り返る。

 そのなかで、幼い頃に描いていた「プロ野球選手を目指したい」という夢も再び湧いてきた。その前向きな気持ちで積極的にトレーニングに励むと、3部リーグながら最速143キロをマーク。1球団だけではあったが、NPBのチームも視察に訪れるようになった。そこで関係者らと相談するなかで独立リーグを勧められ、NPBを目指す覚悟を決めた。

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著者プロフィール

  • 高木 遊

    高木 遊 (たかぎ・ゆう)

    1988年生まれ、東京都出身。大学卒業後にライター活動を開始し、学童・中学・高校・大学・社会人・女子から世代別の侍ジャパン、侍ジャパントップチームまでプロアマ問わず幅広く野球を中心に取材。書籍『東農大オホーツク流プロ野球選手の育て方〜氷点下20℃の北の最果てから16人がNPBへ〜』(樋越勉著・日本文芸社)『レミたんのポジティブ思考"逃げられない"な"楽しめ"ばいい!』(土井レミイ杏利著・日本文芸社)『野球で人生は変えられる〜明秀日立・金沢成奉監督の指導論(金沢成奉著・日本文芸社)では、編集・構成を担当している。

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