NBA伝説の名選手:ジェイソン・キッド「チームを勝利に導き続けた司令塔の"Mr.トリプルダブル"の万能性」

  • 秋山裕之●文 text by Akiyama Hiroyuki

キッドは19年にわたる現役生活で勝利をもたらすPGとしてあり続けた photo by Getty Imagesキッドは19年にわたる現役生活で勝利をもたらすPGとしてあり続けた photo by Getty Imagesこの記事に関連する写真を見る連載・NBAレジェンズ01:ジェイソン・キッド

 プロバスケットボール最高峰のNBA史に名を刻んだ偉大な選手たち。その輝きは、時を超えても色褪せることはない。人々の記憶に残るケイジャーたちの軌跡を振り返る。第1回目は1990年代中盤から約20年近く活躍したジェイソン・キッドを紹介する。

 2023-24シーズンのNBAファイナルは、ボストン・セルティックスとダラス・マーベリックスが激突した。レギュラーシーズンでリーグ最高勝率の64勝18敗(勝率78.0%)を残してイースタン・カンファレンスを順当に勝ち進んだセルティックスに対し、マブスはウェスタン・カンファレンスで50勝32敗(勝率61.0%)の5位ながら、プレーオフで強敵たちを倒して覇権争いの最終章まで辿り着いた。セルティックスとのファイナルを1勝4敗で落として優勝を逃したとはいえ、今季マブスが2011年以来のファイナル進出を果たしたことは、特筆すべきものだった。

 そのマブスで指揮を執った人物が、ジェイソン・キッドだ。現役時代にはリーグ屈指の司令塔、ポイントガード(PG)として活躍。得点面よりゲーム全体を支配するプレースタイルは、所属チームを多くの勝利に導いてきた。キッドは、選手としてどのような道のりを歩んできたのか。

【プレーグラウンドからトップ選手に】

 1973年3月23日、カルフォルニア州サンフランシスコで生まれたキッドは、小学2年生からバスケットボールへ本格的に打ち込んでいった。ただ、同州オークランドのプレーグラウンドでは5歳上のゲイリー・ペイトン(元シアトル・スーパーソニックスほか)にしごかれ、試合と練習で2年間も点を取れなかった苦い過去もあった。

 ペイトンはNBAで17年間プレーしたポイントガードで、バスケットボール殿堂入りも飾ったレジェンド(ちなみに息子のペイトン2世は現在、ゴールデンステイト・ウォリアーズに所属)。特に攻撃的なディフェンスはリーグでも脅威で、キッドは子どもの頃からそんなペイトンのタフなディフェンスを体験し、トラッシュトークも浴びせられてきた。

 そうした苦難を乗り越え、同州アラメダのセントジョセフ・ノートルダム高校時代に腕を磨いたキッドは、高校4年時に平均25.0得点、7.0リバウンド、10.0アシストを残して頭角を現す。カリフォルニア大学2年時には平均16.7得点、6.9リバウンド、9.1アシスト、3.1スティールをマークし、全米トップのポイントガードとしての地位を確立。1994年のNBAドラフトへアーリーエントリーし、マブスから1巡目全体2位で指名されてNBA入りを果たす。

 ルーキーシーズンのキッドは、先発ポイントガードとして平均11.7得点、5.4リバウンド、7.7アシスト、1.9スティールの成績で、グラント・ヒル(当時デトロイト・ピストンズ)と1994-95シーズンの新人王を同時受賞した。

 ジャンプショット(Jump Shot)が不得意で頭文字のJをとって"ason"と呼ばれ、揶揄されることもあったが、広い視野と卓越したボールコントロール、スピーディーかつ華やかなプレーでファンを魅了。また、チームとしてはジャマール・マッシュバーン、ジム・ジャクソンとのトリオ、 "3J's(スリージェイズ/それぞれの頭文字が由来)"を結成し、前シーズンに13勝69敗(勝率15.9%)と低迷していたマブスを36勝46敗(勝率43.9%)と23勝もの上積みに導き、シーズン最終月の4月には4度のトリプルダブルをマークするなど強烈なインパクトを残した。

 キッドは2年目でNBAオールスターの仲間入りを果たしてスター選手へ成長していき、その後トレードでフェニックス・サンズ、ニュージャージー(現ブルックリン)・ネッツへ移籍。サンズではプレーオフ常連チームの司令塔として攻守両面で活躍し、ネッツでは絶対的なリーダーとなって2002、2003年に2年連続でファイナルに進出と、トッププレーヤーのひとりとして君臨した。

 2008年2月、トレードで再びマブスへ帰還。30代中盤を迎え、全盛期をすぎていた。だが、「主要選手でもなければ、速くもないし点を多く取るわけでもない。だが、メンタル面でインパクトを残すことができたんだ」というキッドの言葉どおり、チームを束ねる司令塔としての存在感を発揮。2011年にはダーク・ノビツキーらとともに球団史上初のNBA制覇に大きく貢献した。

 キャリアを重ねるごとに3ポイントに磨きをかけ、スポットシューターとしての存在感も示した男は、2012-13シーズンにニューヨーク・ニックスでプレーしてキャリアを終えた。

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プロフィール

  • 秋山裕之

    秋山裕之 (あきやま・ひろゆき)

    フリーランスライター。東京都出身。NBA好きが高じて飲食業界から出版業界へ転職。その後バスケットボール雑誌の編集を経てフリーランスに転身し、現在は主にNBAのライターとして『バスケットボールキング』、『THE DIGEST』、『ダンクシュート』、『月刊バスケットボール』などへ寄稿している。

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