ロナウドが準決勝前に髪型を変えた本当の理由とは? 今、明かされる2002年W杯優勝、ブラジル代表秘話 (3ページ目)
最強ではないことを知っていた
2018年、ロナウドと当時の思い出話をした時に、彼はその秘密を教えてくれた。ただ、困ったことにW杯で優勝した後、ブラジルの子供たちはこぞってこのロナウドの奇妙な髪型を真似しだした。
「その時はさすがに全国のお母さんに謝りたい気持ちだったよ」
ロナウドは笑っていた。
決勝トーナメントになると次の試合までは少し間がある。みんなで静岡の有名な温泉に行ったこともあった。しかし、日本の風呂はあまりにも熱くて、誰も膝までしか入れない。後からやってきたスコラーリは「みんな何をビビっている」と言ってお湯につかったが、5秒しかもたずに飛び出した。選手たちが笑うと、スコラーリは罰として全員膝まで湯船に入ることを命じた。
しばらくして、ジュニーニョ・パウリスタが抗議する。
「これ以上浸かっていたら、お湯に溶けてみんな小さくなっちゃいます。次の試合ではミニセレソンになってしまいますよ」
スコラーリは笑って許してくれた。チームは本当に家族のような雰囲気だった。
準決勝のトルコ戦はあまりいい出来ではなかったが、それでもブラジルは決勝に勝ち進んだ。
決勝の相手はドイツ。GKのオリバー・カーンは、心理的プレッシャーを与えるためなのか、試合前から「ロナウドは俺を恐れている」などと、ペラペラいろいろなことをしゃべっていた。
カーンはこの大会のMVPとなっているが、実は、これは決勝前に決められたものだったのをご存じだろうか。彼がそれに値していたかどうかはここでは論じない。とにかくこの大会以降、FIFAは大会MVPの選出時期を決勝前ではなく、決勝後にした。
スコラーリは習慣として、試合前にしていることがあった。それは、その時の状況にあわせた「孫子の兵法」の一句を選手ひとりひとりの部屋に届けることだった。決勝前に届けられたページにはこう書かれていた。
「本物の勝者とは自分の弱さを知り、それを強さに変える」
2002年のブラジルは決して最強ではなかった。しかし、彼らはそれを知っていた。そしてそれを武器に変えて、世界の頂点に立った。スコラーリより優秀な監督は数多くいるだろう。しかし、選手をやる気にさせることに関しては、彼の右に出る者はいないと私は思った。
3 / 4