イップスに苦しむ選手は「練習させてはいけない」。指導者として阿部慎之助が説く「逃げ道」の重要性

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Koike Yoshihiro

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連載第33回 イップスの深層〜恐怖のイップスに抗い続けた男たち
証言者・阿部慎之助(3)

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 誰かのキャッチボールを眺めていると、阿部慎之助にはひと目で伝わるものがある。

「あっ、あいつは"仲間"だな」

 送球イップスを抱えている選手は、腕の振りを見ただけでわかる。他球団のイップス発症者が阿部のイップスを見抜いたように、阿部もまた他球団のイップス発症者を「仲間」と見抜いていた。

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心9.5:技術0.5

 球界には阿部以外にも、イップスに苦しむ捕手がいた。阿部は右手を右耳の近くに上げ、スローイングのジェスチャーをつけてこう語った。

「ここで止まっちゃう方もいましたね。ボールを捕って、立って、トップで止まって、返すという。僕は動作が止まるまでにはなりませんでした」

 自身がイップスに苦しんだからこそ、「仲間」にはより一層親近感が湧く。阿部は他球団のある捕手について、自ら語り始めた。

「あの子の動画を見た時は、『俺よりひどいな。かわいそうだな』と思いました。いろいろと思うところはありましたよ」

 あるファームでの試合で、投手への返球が乱れる捕手の様子が動画サイトにアップされていた。捕手が投げるたび、バックネット裏スタンドの観客からはやし立てるような声が飛んだ。その残酷な光景に、阿部は胸を痛めたという。

「だけど、あの子も今では普通に投げられるようになっているし。何かきっかけがあったんでしょうけど、よかったですね」

 あらためて、イップスとは何者なのか。

 技術的な問題だと言う者もいれば、心の病だと言う者もいる。阿部の考えを聞いてみると、最初は「7対3くらいですね」という答えが返ってきた。「心」が7、「技術」が3という配分である。

 だが、阿部は少し間を置いてから「やっぱり心が8かもしれないです」「いや、ひょっとしたら心は9.5くらいかも......」と次々に変遷した。最終的には「心9.5:技術0.5」の配分で落ち着いた。

 あらゆる技術的なアプローチを試みながら、結局は内面的な変化に救われた阿部らしい答えのように思えた。

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