2013.11.23

細山田武史「もう一度、人生を賭けてみる」

  • 高森勇旗●文 text by Takamori Yuki

プロ野球「行く人、来る人」2013

 今年も多くの選手がトライアウトに参加した。その中には、大学時代に斎藤佑樹とバッテリーを組んでいた細山田武史の姿もあった。「まだやり残したことがある」とトライアウトを受けた細山田。一体、どんな思いでこの日を迎えたのだろうか。かつて横浜ベイスターズでチームメイトだった高森勇旗が、トライアウトの会場に向かった。

育成選手ながらソフトバンクから声がかかった細山田武史

 細山田武史――ベイスターズファンでなくとも知っている人は多いだろう。珍しい名前ということもあろうが、「斎藤佑樹の恋女房」として活躍していたからだ。2006年の夏、甲子園で「佑ちゃんフィーバー」を巻き起こした斎藤が早稲田大学に進学し、そこで捕手を務めていたのが細山田だった。だが、メディアが取り上げるのは斎藤ばかり。日本一に輝いた時も、斎藤が導いたと言わんばかりの過熱ぶりだった。そんな中、「細山田さんのおかげで勝てました」と口にする斎藤の姿を何度も見てきた。

 大学時代の細山田は、2年春に首位打者を獲得し、4季連続ベストナインを獲得するなど、斎藤の恋女房というだけでなく、確かな実力があることを証明。2008年のドラフトで横浜ベイスターズから4位指名を受けた。

 2009年、プロ1年目の細山田と3年目の私は、キャンプで同じ部屋になった。年齢では私の方が2歳下だが、プロ野球の先輩として1日の流れや、ミーティングの時間や場所などを教えていた。と同時に、当時、私は捕手だったため、同じポジションのライバルとして競い合う関係だった。

 前述したように、私の細山田への印象は、やはり「早稲田大学の佑ちゃんの恋女房」だった。しかし、実際のプレイは非常に泥臭く、配球やリードの研究に関してもどん欲で、1日も早くプロ野球の世界に順応するとうい強い思いが感じ取れた。

 細山田は夜、ほとんど部屋にいない。夜間練習が終わり、風呂に入って寝ようかとする頃になってようやく部屋に帰ってくる。「どこに行ってたのですか?」と聞くと、「福沢(洋一)コーチ(当時、一軍バッテリーコーチ)とミーティングしていた」と答えるのが常だった。「お前も含めて、プロで何年も捕手としてプレイしている人と、オレとではすでに差がついている。その差を1日でも早く埋めないと、試合に出られないから」というのが理由だった。