電気・ガスが止まる、食べるお金がない、家はナメクジだらけ 競輪・佐々木豪を磨き上げた高校時代のたったひとりの生活 (4ページ目)
「僕がデビューした当時は浅井さん(康太/三重・90期)が全盛期で、浅井さんの乗り方をすごく研究しました。レースのVTRはめちゃくちゃ見ましたし、(競輪開催中の)お風呂で、どの筋肉が発達しているのかを見て分析していました。あとはアップでローラーに乗る姿を見かけた時には、わざと向かいのローラーに乗ってどうペダルを回しているのかと、こそっと眺めたりしていました」
さらに、わからないことは周囲の選手に積極的に聞いて回った。そうして試行錯誤しながら鍛錬を積む日々が何年も続いた。それができたのも、自分には才能がないと感じていたからだった。
「僕の周りにはつねに天才がいたんです。始めた頃は小橋さんがいて、同期だと太田竜馬(徳島・109期)がいて、愛媛では松本さん(貴治/愛媛・111期)がいました。彼らはゼロからイチを生み出すような人なんですが、僕にはできません。だからいろんな人の乗り方を研究して、イチを10にすることを目指しました」
その結果、さまざまなタイプの自転車を乗りこなすことができるようになり、「(自転車を組み立てる)ビルダーさんから『何でも乗れるじゃないですか。天才ですね』って言われるようになりました。凡人なのに天才のふりしてます」とはにかんだ。
競輪選手のなかでは大柄な体格。自分にあった自転車・乗り方はまだ模索中だという photo by Manabu Takahashiこの記事に関連する写真を見る
【みんなの夢のために】
現在も離れて暮らす父親とは交流があり、競輪選手として活躍する息子を陰ながら応援しているという。佐々木はオールスター競輪のあと、父親と2時間ほど話す機会があった。
「親父が酔っぱらって電話をしてきて、『GⅠ決勝を走る姿を見せてくれて、本当にありがとう』と言ってくれました。そう思ってくれたのはすごくうれしかったです。まだ道の途中ではありますが、そう言われた時に、自分がやってきたことの意味があったんだなと思いましたね」
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