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【追悼】ケンコバが語るドリー・ファンク・ジュニアの「不穏試合」 ブロディに吐血・失神させられた"息子"は実在したのか (2ページ目)

  • 松岡健治●取材・文 text by Matsuoka Kenji

【ブロディに返り討ちにあった息子のディンクくん】

――3試合もあるんですか!

「そうなんですよ。1試合目は、いきなり"不穏"と位置づけていいのか判断に迷う試合ではあるんですが、ドリーさんの息子であるディンクくんが、ブルーザー・ブロディにキングコングニードロップで失神に追い込まれた一戦です」

――その試合は確か、1981年10月6日、仙台の宮城県スポーツセンターで、ドリーさんとテリーの"ザ・ファンクス"が、上田馬之助さんとバック・ロブレイのタッグと対戦した一戦でしたね。

「それです。そのタッグマッチは、ドリーさんがロブレイをエビ固めで丸め込んで勝ちました。試合そのものは、暴れるロブレイと上田をファンクスがいなしたような内容だった。ただ、異変は入場時にあったんです。

 テーマソングの『スピニング・トー・ホールド』が鳴り響くなかで、ファンクスとともに、テンガロンハットをかぶった白シャツ・ジーンズ姿の青年が入場してきたんです。それがドリーさんの息子、ディンクくんでした」

――息子さんはセコンドだったんですね。

「俺も『そんなことがあるんだなぁ』というぐらいであまり気にはしてなかったんですよ。実際、試合にディンクくんが介入する場面もなかった。それが、ドリーさんが巧みなテクニックを見せて勝利した直後、ブロディが乱入してきたんですよ。

 ドリーさんは当時、インターナショナルヘビー級のチャンピオンで、この仙台大会の3日後の10月9日に蔵前国技館でブロディの挑戦を受けることが決まっていました。そこでブロディがチェーンを持って乱入し、ドリーさんを背後から襲撃したんです」

――タイトルマッチで闘う選手が、前哨戦の後に相手を襲撃することはよくある光景ですね。

「ところが、この時は様相が違いました。ドリーさんのセコンドについていたディンクくんが、ブロディに襲われた父を救出しようとリングに飛び込んだんです。そして、ブロディに背後から襲いかかった。素人がリングに上がるのはご法度ですから、ロブレイがディンクくんを引き離してストンピングを浴びせて追い込み、ブロディが必殺のキングコングニードロップを突き刺したんです。

 ディンクくんは吐血し、真っ白なシャツが鮮血に染められ失神するという凄惨なシーンとなりました。素人がリングに上がることは許されないとはいえ、必殺のキングコングニードロップを一般人に浴びせるという前代未聞の事件。吐血量が多すぎるんちゃうか、という部分には触れずにおきましょう(笑)」

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