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鉄人・上野由岐子、44歳の金メダリスト 葛藤もありながら2028年ロス五輪に向けて「まだソフトボールをやりたい」 (3ページ目)

  • 松瀬 学●取材・文 text by Manabu Matsuse

【辞める勇気につながらなかった】

 ソフトボールは2024年のパリ五輪で再び、実施競技から外れた。2028年ロサンゼルス五輪では復活する。だからこのアジア大会は、7年越しの五輪連覇を目指すための「通過点」と位置づけた。

 バトンを引き継ぐ後藤は、上野から多くを学んできた。ストイックさ、打者との駆け引き、配球、メリハリ......。

「(上野の)背中を見ていると、まだまだ及ばないなと思うところが多いです。尊敬しかない。経験値の差をいつも感じています」

 ソフトボール人生で一番つらかったことは? 上野は正直だ。

「年を重ねるたびに、ケガが一番になりますね。『もうこれで引退かな』と何度も思った。投げられなくなったり、打たれたりすることが、一番そういう思いにさせる要因でした。燃え尽き症候群にもなった。ただ、心の中のいろんな葛藤を乗り越えたからこそ、今があるんだろうなと肌で感じています。ああ、あの時、我慢してよかったな......と思っています」

 結局どういう局面になっても、ソフトボールへの情熱は消えなかったということだろう。モチベーションを聞くと、「やっぱりソフトボールが好きなんです」と照れる。

「投げている時が一番楽しいとか、勝った時が一番うれしいとか、優勝した時の味を知っているとか......いろんなことが辞める勇気につながらなかった要因かなと思います」

 44歳の今、もしも20歳の自分に言葉をかけられるとしたら?

 上野は「ハハハ」と笑いながら、言葉を継いだ。

「ハタチの時にしかできないことがたくさんあるから、もっと自信をもって『ソフトボールを楽しんでやれ』と言いたいですね。でも、当時の自分もソフトボールが大好きだったんで、そんなことを言わなくてもやっていたと思いますけど」

 この日の決勝戦、三塁側(日本側のダグアウトの上)の観客席には、上野の両親の姿もあった。故郷・福岡から駆けつけたのだ。父は満面の笑顔を浮かべる娘の姿を追った。

 子を思う親心だろう、言葉が滋味(じみ)を帯びる。

「ようがんばったな、とは思いますよ。いや、たぶん、本人はがんばったとは思っていないかもしれません。子どもの頃からいつも、上手くなりたい、できないことをできるようになりたいと思っているだけでしょう。本人は、努力とは思っていない。好きなことをやっているだけです」

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