2014.12.25

谷繁元信「監督室にいる時がいちばん孤独なんです」

  • キビタキビオ●構成 text by Kibita Kibio
  • 五十嵐和博●写真 photo by Igarashi Kazuhiro

谷繁元信×野村弘樹 対談(2)

 プレイングマネージャーとして初のシーズンを終えた谷繁元信氏。選手でありながら、監督としてチームを指揮することの難しさをどのように感じていたのだろうか。横浜ベイスターズ(現・横浜DeNA)時代の盟友・野村弘樹氏が聞き手となり、プレイングマネージャーの苦悩について語ってもらった。
(前回の記事はこちら)

かつてバッテリーを組んでいた野村弘樹氏(写真左)にプレイングマネージャーの苦悩を打ち明けた谷繁元信氏

野村 プレイングマネージャーという新たな環境で1シーズンやられて、どうでしたか。大変だったことは容易に想像がつきますが、想定外のことはありました? それとも、すべて想定内でしたか?

谷繁 想定内ですね。実際、大変は大変でした(笑)。でも、これが自分に与えられた仕事ですし、そこから逃げるわけにはいきません。ですから、そういったことも含め、すべて想定内です。

野村 開幕の時点で、選手として、また監督として、自分自身の状態はどうでしたか?

谷繁 あまり良くなかったです。オープン戦で体力的には試合に入っていける状態まで持ってきましたけど、なかなか結果に結びつきませんでした。ただ、このチームは僕がずっと試合に出続けるチームではありません。どうやっても、あと1、2年で選手としては終わりを迎える可能性が高い。そのためにも、後任のキャッチャーのことを考えていかなければならない。他のポジションもそうですけど、育てながらどう使うのかを頭に入れながらシーズンに入りました。

野村 監督の仕事というのは、外から見ているだけじゃわからないことの方が多い。シーズン中に球場でシゲ(谷繁)に会った時は日常会話しかしないから元気そうに見えたけど、兼任監督になると自分以外のこともやらなければいけないだろうし、実際には大変だったと思います。先程、想定内と言っていましたが、きっと想定外のこともあったと思います。選手としてプレイすることに難しさを感じることはありましたか?

谷繁 難しさというより、年齢の衰えを感じていました(笑)。打つことに関しては、もともと通算打率が2割4分しかないですからね。ただ、今年1年間はすべてのボールに食らいついていく姿を見せたいと思っていました。レギュラーとして試合に出ていると、どこか抜く打席があるんですよ。本当は全打席10割でいかなくちゃいけないんですけど、さすがに全打席同じ気持ちで立つことはできません。

野村 イニングや試合展開によってということですよね? それを全打席食らいついたというのは、プレイングマネージャーだから?

谷繁 そうです。そういうしつこさを見せていかないと、相手にプレッシャーを与えることはできません。監督になれば、責任の度合いが違いますから。そこは意識してやっていました。