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錦織圭「最後まで負けず嫌いが消えなくてよかった」 涙の引退試合、これ以上ない幸福なキャリアの終え方 (2ページ目)

  • 内田 暁●取材・文 text by Akatsuki Uchida

【小さな反発心を見せたことも】

 13歳の時に、本人いわく「正直、別に好きでもないアメリカに行った」のも、すべてはテニスで強くなるため。この時、錦織とともに海を渡った少年はふたりいる。最年少の錦織は、当時3人の間で試合をすれば、敗者の側に身を置くことが多かった。

「日本から3人で一緒に盛田ファンドの支援でアメリカに行って、ライバル心というか、すごく気持ちを駆り立ててくれました」

 ここでも彼は、反骨精神をたぎらせてきた。

 自分より体の大きな相手に、パワーで上回る選手に、時速230キロのサーブに対抗するには、結局はボールを打ち、頭をひねり、体を鍛え、そしてまたボールを打つしかない。

「僕は、コツコツとやるのは好き。努力って言葉、好きですよ」

 周囲からは「天才肌」と目され、天賦の才をうらやましがられてきた錦織だが、その本質は努力の人。そういえば、「楽しそうにテニスをする」という言葉に、小さな反発心を見せたことがあった。

「よく『楽しそうだね』って言われるけれど、痛みと戦っているし、つらい思いもたくさんしているし......」

 決して自ら声を大にして訴えはしないが、自己認識と周囲からの印象との乖離に、小さなジレンマを覚えたこともあったようだ。

 世界で戦うべく積み上げてきたテニスは、小柄な体で全仏オープンも制したマイケル・チャンをコーチに据えたことで、さらに鋭利さを増す。ベースラインから下がらず、広角に打ち分けることで、相手の時間と空間を奪う超高速テニスの確立。そのテニスはファンだけでなく、世界中の若手選手たちに衝撃と影響を与えた。

 現役最後の対戦相手となったティアフォーも、そのひとり。かねてティアフォーは「僕は圭のビッグファン」と公言している。今大会でも「ベースラインから下がらず打つ圭のバックハンドはすばらしい。ボールを早く捉える攻撃は、相手からすれば悪夢」だと言った。

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