検索

【プレーバック2024】満身創痍の早田ひなに2つのメダルをもたらした「常在戦場」の精神

  • 小宮良之●取材・文 text by Komiya Yoshiyuki

集中連載「勝負に祈る時 アスリートたちの明暗」(2)

 戦いの天秤は簡単に傾く。それゆえ、古の武人は神仏に祈りを捧げたし、戦国時代の軍師は吉兆を占い、政争において呪詛がつきものだった。

 現代のアスリートたちも少なからず、勝負が「運」に左右されることを知っている。その運は心に通じる。わずかな心の傾きが、勝負の天秤をひっくり返す。だから彼らは平常心を保つため、勝負に祈る。それでも時に得体の知れない磁力に引っ張られてしまうのだが......。

 2024年を振り返る集中連載「勝負に祈る時」(全4回)では、勝敗の裏にある、アスリートたちの心の持ちように焦点を当てることにした。サッカー・森保ジャパン、卓球・早田ひな、サッカー・久保建英、バレーボール・髙橋藍、彼らは何と戦っていたのか?

シングルスで銅メダル、団体で銀メダルを獲得した早田ひな(右) photo by JMPAシングルスで銅メダル、団体で銀メダルを獲得した早田ひな(右) photo by JMPA

【シングルス準々決勝で左腕を負傷】

 8月10日、パリ南アリーナ。パリ五輪、卓球女子団体決勝で日本は早田ひな、平野美宇、張本美和の3人が、中国に乾坤一擲の戦いを挑んでいる。必死に食い下がるも、最後は0−3で敗れた。しかし、誇るべき銀メダルだった。

 「本気で楽しめた決勝戦で、負けたのは悔しい気持ちもありますが、最後までやりきれたって思います。(いつの日か)金メダルを獲るまで、私は燃え尽きることはないので。"燃え尽きないために金メダルを獲らせてくれなかった"とスーパーポジティブな性格で考えています!

 早田はそう言って、明るい笑みを浮かべていた。彼女にとって、シングルスの銅メダルに続く、2つ目のオリンピックメダルになった。達成感が表情に滲み出ていた。コートに立てるのが不思議なほど満身創痍だった彼女が、なぜ2つのメダルを勝ち取れたのか?

 団体で銅メダルを獲得する1週間前だ。83日、卓球女子シングルス、早田は銅メダルを獲得している。3位決定戦、準々決勝で平野美宇を破っていたシン・ユビン(韓国)を逆転で42と下した。東京五輪の伊藤美誠に続く、2大会連続のメダルだ。

 しかし、そこに至る道のりは茨だった。準々決勝のピョン・ソンギョン(北朝鮮)との激闘で左腕をひどく痛めた。超音波を当てるなど治療には手を尽くしたが、痛み止めを使っても効果は限定的で......。

 「本当ならできるかわからない、というところでした。でも、ひなが覚悟を決めました」

 関係者がそう語るほどの瀬戸際だった。準決勝では左前腕にテーピングを巻いたプレーで、孫穎莎(中国)を相手に戦っている。観客の半分は中国人という会場の声援を真っ二つにするほど健闘した。バックハンドは力が入らず、回転もかけられなかったが、身長167cmの長身から繰り出す、男子顔負けのフォアハンドで対抗した。しかし、女王と言われる相手には太刀打ちできず、04とストレートで敗れていた。当然、3位決定戦も戦況は圧倒的に不利だったが......。

 「大舞台で自分(の戦い)がどう転ぶか」

 早田はコーチにそう伝えていたという。負傷をして、棄権する選択肢もあった。「勝つ見込みは低く、コートに立つべきではない。ケガがひどくなったらどうするのか?」という声や、「4年後もあるし、無様な姿をさらすべきではない」という意見もあるだろう。しかし、彼女は決然とコートに立った。

 〈逆境に負けない〉

 そこに彼女の卓球選手としての矜持があった。ケガというアクシデントに折れない、図太さというのか。関係者が驚くほどストイックに治療や回復に努めるたくましさで、奇跡的な銅メダルを手にした。

1 / 2

著者プロフィール

  • 小宮良之

    小宮良之 (こみやよしゆき)

    スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る