【プロ野球】松井秀喜の巨人監督就任に思いを馳せるニューヨークのベテラン記者「これからすばらしいことが起きてほしいと思える人は、ほかにはいない」
松井秀喜の巨人監督就任は、ニューヨークの記者たちも祝福 photo by Kyodo News
松井秀喜の巨人監督就任はアメリカでも話題になった。特にニューヨーク・ヤンキース時代の松井をよく知る記者たちは、誰もが"ゴジラ"と過ごした日々に思いを馳せ、同時に新たな門出を祝福している。ニュージャージーに本拠を置く『バーゲンレコード』紙の大ベテラン記者、ピート・カルデラもそのうちのひとりだ。
20年以上に及ぶ長いニューヨーク・ヤンキース取材歴のなかでも、松井こそが「一番好きだった選手」というカルデラ記者。ここで明かしてくれたエピソードから、松井がニューヨークで愛された理由がわかりやすい形で伝わってくるはずだ。 *以下、カルデラ記者の一人語り
【ヤンキースの取材歴のなかで間違いなく一番好きな選手】
松井が読売ジャイアンツの監督に就任したというニュースには少し驚かされた。ただ、松井がベースボールに注いできた情熱や献身的な姿勢を考えれば、監督業にも同じように全力を注ぐことはわかっている。だから個人的には彼が監督を務めることを本当にうれしく思っているし、大きな成功を収めてほしいと願っている。
私は(松井がメジャーデビューを果たした)2003年のシーズン途中から『バーゲンレコード』紙のヤンキース担当記者になり、以降ずっとこのチームを取材してきた。おかげで松井がヤンキースで過ごしたキャリアの大半を取材することができた。松井はグラウンドでやるべきことを理解し、それをしっかり遂行する勝負師だった。私がこれまで見てきたなかで、最も大事な場面で勝負強さを発揮する選手のひとりだったと思う。
一方、グラウンドを離れれば、いつでも丁寧に取材に応じてくれる選手だった。彼は基本的に毎日、英語を話す記者と日本の記者、それぞれに2回インタビューを受けなければならなかった。それでもいつも親切に、時間を惜しまず、私たちに辛抱強く接してくれた。そんな姿には感心させられたものだったし、感謝せずにはいられなかった。私がこれまで仕事で接してきた選手のなかで、間違いなく一番好きな選手だったし、今でもそう思っているよ。
私が取材した松井の活躍のなかで、決して忘れられないものはふたつある。
まずは打率.615、3本塁打、8打点と打ちまくり、MVPに輝いた2009年のワールドシリーズでの勇姿だ。あのシリーズではアレックス・ロドリゲスもすばらしいプレーを見せたし、フィラデルフィア・フィリーズのチェイス・アトリーも圧巻の働きだった。もしフィリーズが優勝していたら、アトリーがMVPになっていただろうね。でも、松井はそれらのすべての選手たちを上回る打撃で、最も価値のある選手(=MVP)にふさわしかった。ヤンキースが世界一を決めた第6戦で放った本塁打は、2009年にオープンした新しいヤンキースタジアムにおける最高の瞬間のひとつだったと思う。あの球場であの夜ほど大きな歓声が上がったことは、その後もないんじゃないかな。
もうひとつは、2004年にヤンキースが東京ドームでタンパベイ・デビルレイズ(現レイズ)との開幕戦を行なった時のことだ。松井にはものすごいプレッシャーと注目が集まっていた。もちろん自分の母国ですばらしいプレーを見せてほしいという期待があったから、とてつもない重圧だったと思う。スタンドの観客は、"ホームラン、松井!"と声を揃えて大声援を送っていた。そして、彼は実際にそれに応えて本塁打を打ってみせたんだ。
あれほどのプレッシャーのなかで結果を出すなんて、想像もできないよ。誰もが彼を見るために球場に来ていて、彼の本塁打を期待していた。そして、彼は実際に打った。本当に圧巻の光景だったし、忘れられない経験になった。あの球場にいて、あの瞬間を目撃できたことを今でもうれしく思っている。あの時、私はひとりの人間として、そして選手としての松井のすばらしさを実感したんだ。
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著者プロフィール
杉浦大介 (すぎうら・だいすけ)
すぎうら・だいすけ 東京都生まれ。高校球児からアマチュアボクサーを経て大学卒業と同時に渡米。ニューヨークでフリーライターになる。現在はNBA、MLB、NFL、ボクシングなどを中心に精力的に取材活動を行なう

