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【プロ野球】「なぜ3桁の背番号をつけているの?」 日本ハム・山口アタルが語る「127」への思いと日本を目指した原点 (2ページ目)

  • ブラッド・レフトン●文 text by Brad Lefton

 山口は、日本の育成制度に近い感覚を覚える北米の仕組みとして、学生スポーツにおける「レッドシャツ」を挙げる。

 山口がアメリカの大学でプレーしていた当時、大学スポーツで広く使われていた言葉で、選手が一定期間、公式戦への出場を控えながら練習を続ける仕組みだ。日本の育成選手制度とは性質が異なるものの、「チームに所属しながら公式戦出場に制限がある」という点では、山口にとって重なる部分があるようだ。そして、日本の3桁の背番号には、北米にはないわかりやすさがあるとも感じている。

「アメリカでマイナーリーグの試合を見ても、その選手がドラフト上位で指名されたのか、ギリギリで指名されたのか、見た目ではわからないですよね。でも日本の場合は、背番号を見れば育成選手だとわかる。『3桁だから、まだ2桁の選手ほど評価されていない』と思われているわけです。『3桁の選手にしてはいいね』とは言われたくない。ただの『いい野球選手だ』と評価してもらいたいんです」

【14歳の時に加藤豪将から与えられた夢】

 1999年生まれの山口は、日本人の父とカナダ生まれのギリシャ系の母の間に生まれた。野球を始めたのは、野球好きだった父の影響だった。

 プロ野球選手になりたいという思いが強くなった瞬間も、はっきりと覚えている。2013年のMLBドラフトだった。

 当時14歳だった山口に大きな衝撃を与えたのが、ニューヨーク・ヤンキースからドラフト2巡目(全体66位)で指名された加藤豪将(かとう・ごうすけ)だった。

「父から『ほら、日本人の高校生がヤンキースにドラフトされた。おまえも頑張れば夢をかなえられるんじゃないか』と言われたんです。それから加藤さんのブログをフォローするようになりました。よく読んでいましたし、マイナーリーグでの生活や、野球について考えていることはすごく参考になりました」

 それから約10年後、思いもよらない巡り合わせが待っていた。2022年のドラフトで、日本ハムはドラフト3位で加藤を、育成ドラフト3位で山口を指名したのだ。10年近くその背中を追い続けてきた存在と、まさか同じユニフォームを着ることになるとは思ってもいなかった。日本ハムでともにプレーした2年間で親交を深め、現在も連絡を取り合っているという。

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