電気・ガスが止まる、食べるお金がない、家はナメクジだらけ 競輪・佐々木豪を磨き上げた高校時代のたったひとりの生活 (3ページ目)
佐々木は高校時代、何度も夢をあきらめかけたという photo by Sunao Noto(a presto)この記事に関連する写真を見る
【"あきらめる"をあきらめた】
日本競輪学校入学までのこの苛烈な生活のすべてが、佐々木の心を磨き上げた。それは競技に向かう姿勢にも表れていった。
高校時代の練習はロードが中心で、1学年上でインターハイ覇者の小橋勇利(現ロード種目日本代表コーチ)らとともに練習に励んでいた。
「半端ない練習量でした。夜遅くまで走って学校に帰り着くころには真っ暗。僕は弱かったので置いていかれることが多くて、みんな先に帰っていました」
佐々木はそんな弱い自分に嫌気がさしていた。どうしたら強くなれるのだろうか――。そう思いながら、周囲から大きく遅れ、ひとりで海岸線を走っている時に、ふとひらめいた。
「あきらめるのを、あきらめよう」と。
「僕には"あきらめ癖"があって、あきらめるのが得意だったんですよ。でも逆に考えれば、あきらめるのをあきらめればいいんじゃないかと。きついなと思ってやめたくなった時に、やめたいと思うことをやめようと思えば、そのまま続けられると考えました。そう思ってから、きついことも耐えられるようになりました」
本人の言う「認識のバグ」が、ここから加速していった。
「当時3回ほど気絶したことがあります。ローラーに乗って1時間キープ走をしていたんですが、残り数十秒になった時に、最後の追い込みをしたんですよ。そうしたらどんどん視界が狭くなっていって、それでもそのまま無視して続けようとしたら意識が飛んでしまって......」
高負荷トレーニングによるブラックアウトだった。3度目の時には、転倒した拍子に隣に立てかけてあった先輩のフレームを壊してしまった。「それ以来、練習ではパワーマックスという台上トレーニングに変えました」と言って佐々木は笑った。
限界を気にせず突き進む無謀な一面を持つ一方で、研究熱心なところもある。
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