【男子バレー】大塚達宣はアジア大会のハードな日程を「求めていた」 ロス五輪サバイバルへ大アピール (2ページ目)
【試合に多く出たことで得たもの】
結果的に、最後は大塚のスパイクがサイドラインを割り、チャレンジの末に24-26で敗れた。だが、点差が離れても諦めずに攻め続ける。エースとしてチームを勝利に導くべく、最後まで戦い続けた姿に、満員の観客からは拍手が沸き起こる。
何より、大塚自身も敗れた悔しさとはまた違う、別の感情を抱いていた。
「河東(祐大)選手も、イランのブロックがくるとわかっていても僕に上げてくれた。ひとりの選手としてありがたいことでしたし、これだけ託してもらえることは代表ではなかなかないこと。それが一番面白かったです」
ロサンゼルス五輪の出場権を獲得したアジア選手権を終えた直後に、アジア大会へ臨むチームに合流。大会前には岩手での合宿、親善試合に出場し、本番が始まれば7日間で6試合を戦うハードスケジュールだ。
大変なのは言うまでもないが、大塚には「それも求めていたこと」と笑顔で臨む理由があった。
「この夏は試合で長くコートに立つ経験がなかったので、焦りのほうが強かったんです。(アジア大会が)終わればすぐにイタリアリーグが始まる。去年はずっと試合に出続けて、日本に帰ってきたけれど代表ではなかなか出られず、また(イタリアに)戻ったら土台を作るところから始めないといけない。大会の日程がハードなのは間違いないですけど、試合に出る経験を重ねて、自信をつけてまたイタリアでのシーズンに入りたい、という気持ちのほうが強かったです」
クラブシーズンも代表シーズンも分けることなく、大塚は常に「自分のバレーボールをやり続けるだけ」と口にしてきた。その時々、それぞれの場所で求められることがあるならば、100%の力を尽くすだけ。アジア選手権ではリリーフサーバーとして出場した直後にサービスエースを取り、限られた出場機会の中でも大事な1点を逃さなかった。
ゲームチェンジャーとしての役目も果たしたが、スタメン出場を重ねたアジア大会では、スパイクやサーブでより多くの得点を取り、レシーブ面でもチームに貢献。苦しい場面ではコート内で率先して声をかける。その姿勢を、ロラン・ティリ監督も大塚の名を挙げ「本当に大切な存在になってくれたし、リーダーシップも学んだ」と称賛した。
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