競泳・萩野公介が振り返る現役時代 リオ五輪前は「必要ないからやらない、食べない。いらないものをどんどん削って生きづらいほどでした」

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi

 今年7月14日から開催される、世界水泳選手権2023福岡大会。現役引退後は競泳のテレビ解説を務め、世界水泳には『ユニクロドリームプロジェクト世界水泳2023観戦ツアー』のドリームキャプテンとしても携わる萩野公介さん。

 今回は現役時代を振り返るとともに、4月に解説を務めた世界選手権代表選考競技会として行なわれた日本選手権、世界水泳へ向けた日本チームの状況について、どう見ているのかを聞いた。


リオ五輪から東京五輪までの苦悩も語ってくれた萩野公介さんリオ五輪から東京五輪までの苦悩も語ってくれた萩野公介さん――日本選手権では、これまで一緒に戦ってきた瀬戸大也選手や、松元克央選手が好結果を出していましたが、それを見ていて「自分も、もう少し続けてもよかったかな」という思いは浮かびませんでしたか。

「それはまったくないですね、僕は泳ぐより見ているほうが向いていると思っているので(笑)。チャレンジする選手たちの姿を見ていると、カッコいいなと思うし。だから解説などで携わらせていただく時は、選手たちへのリスペクトと愛を忘れないようにしようと思っています。やっぱり日々のトレーニングがあるからこそ、すばらしいパフォーマンスが出せると思うし、正直、試合で僕たちが見ているパフォーマンスは、本当に水出しコーヒー100杯分を丁寧に濾過した一滴なので。そういうところしか試合では知ることができないけど、そのための努力があると思うと、やっぱりどの競技のアスリートに対してもリスペクトと愛が湧きます。福岡大会には、そういうすばらしい選手たちが世界中からくるので、子どもたちだけではなく日本のたくさんの方々にも見てもらいたいと思っています」

――萩野さんの競技生活を少し振り返っていきたいのですが、2016年リオデジャネイロ五輪で金メダルを獲得以降の5年間は苦労の連続でしたよね。

「人間という側面から見れば、すごく大きな意味があった5年間でした。競技の結果がよければいいわけじゃない部分もあり、自分が水泳をとおしてスポーツの新たな側面を知ることができました。ただ、僕はトレーニングをやりきって金メダルを獲り、『最高の結果だ』で終わってないからこそ、今の選手への気持ち(愛とリスペクト)が生まれたと思います。調子の悪さは度を過ぎていたけど、『なんで速く泳げないのかわかりません』で終わってしまうのではなく、『今まで何で速く泳げたのかな』という疑問と、『わからないという気持ちに共感できる』ということも得られた5年間でした」

――葛藤もあるなかで、東京五輪へ向けての戦いも大変でしたね。

「本当に大変でしたが、僕ひとりだけでは解決できることではなく、平井伯昌先生やチームメイト、マネージャーのかたにもたくさん迷惑をかけながら、周りの人の力で東京五輪のスタート台に立てました。だから、200m個人メドレーの決勝の1本を泳げた時には、『これも水泳なんだな』という新しい水泳を見させてもらった感覚が大きくありました。タイムや順位がよければそれに越したことはないけど、みんなが世界一や、日本一になれるわけではないし、それぞれの色で輝くことが、どれだけ尊いのかをすごく感じました」

――リオデジャネイロ五輪までは、金メダルだけを目指して戦っていましたね。

「リオまでは、(金メダルのために)練習でも生活でもいらないものをどんどん削って効率的になっていました。『このトレーニングは必要ないからやらない』とか『これは体を成長させるためには必要ないから食べない』など、選択肢が少なくなって生きづらいほどでした。でも、それが水泳で結果を出すためには必要だったと思います。僕の大好きなイチローさんが『無駄なことをしていかないと、なにが無駄かわからない』とおっしゃっているけど、今はそのとおりだと思っています。

 競技を辞めた今はランニングもしていますが、走るや泳ぐというなかにもいろんな種類があるな、というのを感じてすごく楽しめています」

1 / 2

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る