ロコ・ソラーレの石崎琴美が振り返る北京五輪。決勝前、選手たちの「表情が少し硬いかなと感じた」 (2ページ目)

  • 竹田聡一郎●取材・文 text by Takeda Soichiro
  • photo by JMPA

――石崎選手は今回、フィフスとしてチームをサポートする立場にありましたが、試合前後のアイスやストーンチェックなどの氷上以外では、具体的にはどのような役割を果たしていたのでしょうか。

「実は、私のやることは多くはなかったです。食事もほとんど味の素さんが提供してくれた『JOC G-Road Station』という食堂で済ませていました。そこで、お米をいただけるのが本当にありがたくて、かなりお世話になりました」

――「もぐもぐタイム」として話題となっていた補食の手配はいかがでしたか。

「その準備も大変だった、ということはなかったですね。さっちゃん(藤澤五月)、ゆり(吉田夕梨花)、ゆうみ(鈴木夕湖)は、(味の素の)アミノバイタルのゼリーがいいと言っていました。ちなは『梅干しがいいかも~』と言っていたので、亮二さん(小野寺コーチ)が日本から持ってきてくれたものと、『G-Road』には個包装になった梅干しがありましたから、それを用意するだけでした。

 あとは、スピードスケートの選手たちから差し入れてもらったどら焼きを持っていったりして。コロナ禍にあって、選手村の外に出て買い物に行ったり、それを誰かに頼んだりということはできなかったのですが、選手村内でなんとかなりました」

――石崎選手同様、小野寺コーチもチームを陰で支え、選手たちに精神的な安定をもたらす存在だったように思います。

「そうですね。本人も現地で『オレ、今回は大丈夫だわ』と言っていました」

――「今回は」というと。

「昨年末の世界最終予選(オランダ・レーワルデン)では、(小野寺コーチの)緊張がひどかったんです。試合の勝負どころで亮二さんを見ると、時々『ん? なんかお祈り捧げています?』的な状態になっていて、なかなかの緊張っぷりでしたね(笑)。あれだけ緊張している人がいると、こっちは緊張しなくて済みます」

――でも、北京五輪では堂々としておられたんですね。

「大会序盤は時々お祈りしていた気もしますけど、基本的には大丈夫でした(笑)」

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