ありがとう天龍源一郎。生ける伝説~引退まで53年の格闘家人生 (2ページ目)

  • 佐瀬順一●取材・文・写真 text & photo by Sase Junichi

 全日本プロレスのために全身全霊でつっぱってきた天龍にとって、ひとつの転機になったのが、1990年4月13日に東京ドームで開催された『日米レスリングサミット』だ。この大会直前に天龍同盟を解散した天龍は、ほぼ真反対のファイトスタイルと言っていいWWF(現WWE)スーパースターのランディ・サベージと対戦した。

 女性マネージャーを介入させながら、派手なパフォーマンスで挑発してくるサベージのペースで試合は進み、天龍は大苦戦。しかし、最後は必殺のパワーボムでサベージを沈め、東京ドームに集まった観衆の溜飲を下げた。天龍自身もこの試合を、「思い出深い一戦」として挙げている。

 その後、天龍は全日本プロレスを離れ、苦難の道を進むことになった。だが、やはり持ち前のつっぱり精神で新日本プロレスにも乗り込んでいき、1994年にはアントニオ猪木からもシングルマッチで勝利。日本人で唯一、「馬場・猪木からフォール勝ちした男」という称号を得た。

 こうして天龍は誰もが認めるレジェンドレスラーとなったが、2011年12月から腰部脊柱管狭窄症の治療のため、プロレス人生で初めてとなる長期欠場を経験。2度の手術を経て、約1年後に復帰したが今年2月、「11月にプロレスラーを廃業し、現役を引退する」と突然の発表をした。

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