福澤達哉が春高バレーで感じた「勝てるチーム」の変化。代表入りも期待の207cmミドルブロッカーなど注目選手も語った (4ページ目)

  • 中西美雁●取材・文 text by Nakanishi Mikari
  • 坂本清●撮影 photo by Sakamoto Kiyoshi

【日本代表選手で重視されるようになった「器用さ」】

――日本代表入り、というところまで期待ができる選手はいますか?

福澤:やはりスケールとしては東山の麻野選手でしょうか。フィジカルはトレーニングで強化して、精神面でもチームの中心になれるような、そういうミドルになってくれたら面白いですね。あと、今大会は全体的に見ても2年生がすごくよかったので、来年までにどこまで成長するか楽しみです。

――近年では、東山で春高を制した髙橋藍選手(イタリア/パッラヴォーロ・パドヴァ)も即代表入りして活躍しました。そういった選手が今後も出てくる可能性はありますか?

福澤:スキルだけでいえば、今の高校生たちはネット際の処理など細かいプレーも当たり前のようにやっているので、多くの選手にチャンスがあると思います。アウトサイドヒッターの選手に限って言うと、特に重要なのはレシーブ力。髙橋藍選手も、レセプションが安定していたから日本代表でも即戦力として活躍できた。そういった器用さも重視されるようになっていると思います。

――今後も選手たちの成長から目が離せませんね。

福澤:そうですね。今年の春高で解説をする際も、選手たちのコート上での立ち振る舞いやスキルなどをしっかり伝えることを意識しました。さらに、選手だけでなく、日本バレーボール界の進化、競技の複雑さなども伝えられるようにしたいです。春高ではどうしても有望選手にフォーカスが当たりがちですが、先ほども話したように戦術面もかなり向上しています。見ている方に「高校生がこんなことまで考えてやっているのか。すごい!」と注目してもらえるように、解説者としてバレーボールの魅力を伝えていきたいと思っています。

(日本代表について:「ブランジャパン」主将・石川祐希の変化と、進化のカギを握るミドルブロッカー陣>>)

【プロフィール】
福澤達哉(ふくざわ・たつや)

1986年7月1日生まれ。京都府京都市出身。洛南高校時代に春高バレーに2度出場、インターハイでは3年時に優勝を果たした。卒業後は中央大学に進学し、1年時の2005年に初めて日本代表に選出。ワールドリーグで代表デビューを果たすと、2008年には清水邦広と共に最年少で北京五輪出場を果たす。大学卒業後はパナソニックパンサーズに入団。ブラジルやフランスのリーグにも挑戦しながら、長くパナソニックの主力としてプレーした。2021年8月に現役を引退して以降は、解説者など活躍の場を広げている。

プロフィール

  • 中西美雁

    中西美雁 (なかにし・みかり)

    名古屋大学大学院法学研究科修了後、フリーの編集ライターに。1997年よりバレーボールの取材活動を開始し、専門誌やスポーツ誌に寄稿。現在はweb Sportiva、バレーボールマガジンなどで執筆活動を行なっている。『バレーボールスピリット』(そしえて)、『バレーボールダイジェスト』(日本スポーツ企画出版)、『球萌え。』(マガジンハウス)、『全日本女子バレーコンプリートガイド』(JTBパブリッシング)などを企画編集。スポルティーバで西田有志の連載を担当

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