エリート街道じゃないバスケ日本代表・原修太 社会貢献と「40歳まで千葉で」の思い (2ページ目)

  • 取材・文●永塚和志 text by Nagatsuka Kaz
  • 写真●村上庄吾 photo by Murakami Shogo

【直感でプロ入りを決断】

――Bリーグとなってから8年目(プロとして9年目)のシーズンですが、ここ数年は選手の移籍もかなり活発になっています。そのなかで原選手は出身が船橋で、しかもジェッツの本拠地・船橋アリーナの近くの中学校に通い、高校も千葉県内。そしてプロとなってもジェッツひと筋。そういう選手はリーグを見渡してもいないのではないでしょうか。

「最初に千葉(ジェッツ)を選んだ理由は、『地元だから』という軽い気持ちだったんですけど、8年間ここでやってきて愛着もありますし、地元の友だちもよく来てくれます。

 来シーズンからは(本拠地が新アリーナに)変わってしまいますが、船橋アリーナは幼い頃、親がバスケをしに行く時について行って遊んだ場所です。本当にもろ地元なので、ちょっと寂しいですけど、変わらず船橋のチームではあるので」

――原選手はBリーグが始まる前のNBL時代からジェッツでプレーしていますが、入団した当初はBリーグがここまで発展するとは考えていましたか?

「僕、入団する前に『プロバスケはどうなのか』といった趣旨の取材を、当時同じ大学生だった岡本飛竜(現・アルバルク東京)と加藤寿一(現・ライジングゼファー福岡)の3人で受けたことがありました。その当時は、プロに行くなら関東実業団に行ったほうが将来安定するという考え方が主流だったので、そのような内容の答えをした記憶があります(笑)。ですから、今こうやってみんなが当たり前のようにBリーグに挑戦する状況は、考えられなかったです。

 最初に千葉に入った時の年俸も、"よく(プロに)行ったな、俺"って思うくらい低かったので、めちゃくちゃ悩みました(苦笑)。正直、NBDL(NBLの下部リーグ)のチームで世間的に評価されている企業母体チームからの話も来ていたので」

――社員選手ということですか?

「そうです。親に話したら『そこは、いい会社だよ。そっちにすれば』みたいなことも言われていたので、ほぼそっちにしようかなと思っていましたが、最終的には直感で千葉に入りました。

 ただ、今現在のBリーグの状態を知らないとして、もう少し社会を知っていたとして当時にタイムスリップしたら、たぶん、こっち(プロ)に来なかったと思うくらいの感覚です。僕の大学(国士舘大)は1部校ではあったんですけど、そんなトップ選手ではなかったですし、4年生の時は学生の代表にも入らなかったので。いやあ、よくここまで来たなって思いますね」

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