ドゥンガが日本でプレーしていた当時、「いい選手だな」と思った3人は? チームメイトを怒鳴った理由も聞いた (2ページ目)

  • 浅田真樹●取材・構成 text by Asada Masaki

――ドゥンガさんがJリーグでプレーしていた当時、敵味方に関係なく「いい選手だな」と思っていた選手は誰ですか。たとえば、「この選手ならヨーロッパでもプレーできるだろう」というような選手はいましたか。

「いい選手はたくさんいたけれど......、ナカータ(中田英寿)、マエゾーノ(前園真聖)、カズー(三浦知良)。実際、彼らは海外でプレーしたしね」

――彼らのどんなところがよかったのですか。

「ナカータはドリブルがうまくて、フェイントもよかった。それに、両足が使えて、いろんなポジションでいろんな役割をこなせる選手だった。

 マエゾーノもドリブルだね。スピードがあって、彼の場合はキャリアのピークがそれほど長くは続かなかったのかもしれないけれど、すごくクオリティが高い選手だったのは間違いない。

 総じて日本人選手は両足がすごくうまく使える、"両利き"の選手が多かったから、海外へ行っても成功する選手が多いとは感じていたよ」

――そういう器用さが日本人選手のよさ、ということでしょうか。

「両利きもいいところではあるけれど、それだけじゃない。スピードもそうだし、どこのポジションでもプレーできる器用さがあったり、すごくいい選手が多い。技術のクオリティも高いし、自分の役割を全うしようとする、規律正しいプレーもできるしね」

――磐田のチームメイトにも、その後、日本代表で活躍する選手が数多くいました。藤田俊哉、名波浩、服部年宏、奥大介、福西崇史らは、ドゥンガさんと同じくらいの時期に磐田に加入した選手たちでしたが、彼らの成長をどう見ていましたか。

「みんな、技術力はあった。ただその一方で、集中力をなくす瞬間というのが結構あったんだ。だから、自分が言わなければいけなかったのは、目的意識とか、集中力とか、そういうものを失わないようにしなければいけないということ。そうでないと『優勝は狙えないぞ』ということを、まずはしっかり示すようにしたんだ。日本代表に入るにしても、ジュビロで勝っていかなきゃいけないからね。

 代表に行きたいなら、チームが勝たなきゃいけない。勝つためにはジュビロがチームとしてまとまり、選手同士が助け合い、力を合わせなければならない。彼らにはそういう頭の切り替えが必要だった」

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