「どうせオレは使われねえんだろ」選手たちの目が死んでいた青学大野球部を再建 安藤寧則監督は5年でどうやって日本一へ導いたのか (3ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Sportiva

── 名前を呼ばせてくれ?

安藤 そう、「オレはとにかく勝ちたいんだ、そのために誰の名前を呼べばいいんだ、教えてくれ」と......僕にしてみれば、誰でもいいんです。名前を呼ばせてくれるヤツは誰だと思って見渡してみても、結局、「監督が使ってくれねえから」とふて腐れて、負のオーラを出す選手がたくさんいた。「いや、オレは勝ちたいだけだぞ、じゃあ、おまえを誰と代えればいいのか、逆に教えてくれ」と選手に訊いたこともあります。そうやって突き詰めていくと、試合に出られないのは誰かのせいでなく、自分の問題なんだというところに突き当たるんです。

── 選手の意識を変えようとしたんですね。

安藤 だから最初の1年を終えて、2年目のスタートの時には「今年は横一線じゃねえぞ、去年、オレに名前を呼ばせてくれた選手にはアドバンテージがあるからな」ということをハッキリ伝えました。これ、勝負の世界では当たり前のことなんです。僕が学生の頃も、使えないヤツは使えない、それを誰かのせいにするなんて甘えは許されませんでした。でも、今の選手は行間を読むことが苦手なので、ハッキリと口に出して、言葉にして伝えないと、不満を自分なりに消化できないんです。

【大学生にはお願い系の口調】

── 監督の選手への接し方でいえば、高校の監督だった時に15歳から18歳までの高校生に投げかけた言葉と、今、18歳から22歳の大学生に投げかける言葉は変わりましたか。

安藤 変わりましたね......もちろん高校生に対しても大学生に対しても僕の思いは同じですよ。ただ、高校の時は優しい口調で話しているつもりでも、やっぱり「こうやれ、ああやれ」と命令系の語尾になっていました。それが大学生を相手にすると、極端に言えばお願い系の語尾になっているんです。「こうやってくれないか?」「ああやったほうがいいと思うんだけど、頼むな」とか......。

── その違いはどこから生まれてくるんでしょう。

安藤 高校生と大学生の違いというより、年々、子どもたちが変わってきたということもあると思います。僕が高校の監督をしている20年の間に、子どもたちが育ってきた環境もかなり変わりましたからね。僕のなかでは、ここがターニングポイントだったという年代があるんです。ある年の子どもたちから突然、他者意識が消えたんです。他者を敬うとか、そういう価値観がなくなっていた......でも、それって子どもたちの問題というより、大人の責任だと思うんです。大人が教えられないから、子どもたちが学べない。他者意識を持てなくなった子どもたちは、むしろ被害者なのかもしれません。

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