駒澤大最強チームに「プレッシャーしかない」 藤田敦史新監督はママチャリ伴走1日80キロ...「大八木(弘明)も現場主義でしたから」 (3ページ目)

  • 和田悟志●取材・文 text by Wada Satoshi
  • 岡庭璃子●撮影 photo by Okaniwa Rico

●自転車で1日80km、引き継いだ現場主義

ーー大八木氏のやり方を踏襲していく部分ももちろんあると思いますが、一方で藤田監督のカラーはどんな点で打ち出していこうと考えていますか?

 極端なことを言えば、現状では、あまり変える必要がないのかなと思っています。大八木がつくってきたこの組織は、ある程度完成形という状況まできていますから。

 ただ、大八木はあれだけの実績とカリスマ性を備えた指揮官だったので、大八木と同じことを私が言っても、子どもたちへの響き方は違うと思うんですよ。同じ言葉でも、大八木から言われるのと私から言われるのとでは全然違うと思うので、そこの部分は気を遣っています。

 私の場合は、子どもたちとしっかりコミュニケーションをとって、どういう方向性でやっていくのがいいのかを話し合ったうえで、進めていくというやり方をしています。今、それがうまくいっているのかなと思っています。

この記事に関連する写真を見るーー以前は大八木氏の妻である京子さんが調理師として食事の面を支えており、それが駒澤大陸上競技部の特色にもなっていました。現在は食事の面はどうされていますか?

 食事はアスリートにとって本当に大事です。京子さんも3月いっぱいで調理師を勇退されましたが、京子さんと一緒に食事をつくっていた管理栄養士の方が引き続き残ってくださっています。あとは、業者を入れて、今までとあまり変わらないような形で食事を提供できるようにしています。

 今は、食事の面を業者に委託している大学は多いと思います。監督に就任する際に、大八木からは「今は家庭の犠牲のうえで成り立つような形は続かない。そこは変えていったほうがいい」と言われました。

 やっぱり今はSDGsが叫ばれていますが、チーム運営も持続可能な形にしていかないと、私はよくても、次に監督になる人間が大変になってしまいますからね。大八木のその言葉は大きかったですし、私も監督に就任するにあたって気持ちが少しラクになりました。

この記事に関連する写真を見るーー監督になっても、30㎞走などの練習では、自転車で付き添っているのでしょうか?

 やっていますよ。大八木も、ずっとやっていましたから。「ちょっときつくなってきたから、お前が行ってくれ」と言われたのは、ここ数年のことですよ。自分の体が動くうちは、自分の目で見て指導に当たることが大事だと思いますし、それで子どもたちが頑張れるのであれば、それに越したことはありません。大八木もずっと現場主義でしたからね。

 授業の関係で1日2回に分けて30㎞走を行なうことがあるのですが、グラウンドから5㎞先にスタート地点があるので、その往復も合わせると1回40㎞も自転車をこぐことになります。それを2回ですからね......。しかも、給水や選手の荷物もあるので、かご付きのママチャリで行くことになる。夜は(疲労で)起きていられないですよ。

 自転車もすぐにガタがきてしまいます。修理に持っていくと「この自転車でこんなに距離を乗った人、初めて見ました」と言われる始末です。そりゃあ、そうですよね(笑)。

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【プロフィール】
藤田敦史 ふじた・あつし 
1976年、福島県生まれ。清陵情報高卒業後、1995年に駒澤大に入学。前監督の大八木弘明(現・総監督)の指導の下、4年連続で箱根駅伝に出場。4年時には箱根4区の区間新記録を樹立。1999年に富士通に入社し、2000年の福岡国際マラソンで当時の日本記録をマーク。世界選手権にも2回(1999年セリビア大会、2001年エドモントン大会)出場。現役引退後は、富士通コーチを経て、2015年から8年間、駒澤大のヘッドコーチを務める。2023年4月、駒澤大監督に就任。

プロフィール

  • 和田悟志

    和田悟志 (わだ・さとし)

    1980年生まれ、福島県出身。大学在学中から箱根駅伝のテレビ中継に選手情報というポジションで携わる。その後、出版社勤務を経てフリーランスに。陸上競技やDoスポーツとしてのランニングを中心に取材・執筆をしている。

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