井上尚弥の「フェザー級」転向を見据えたトップランク社の動き ライバル候補はまさかの王座陥落、高身長の新星が出現 (2ページ目)

  • 杉浦大介●文・撮影 text & photo by Sugiura Daisuke

 ところが――。キューバ人が多いマイアミ近郊のアリーナで大波乱は起こった。圧倒的優位と目されていたラミレスだったが、この日まで23戦全勝(20KO)ながら強豪との対戦が皆無だったエスピノサに苦戦。第5ラウンドにラミレスが強烈なダウンを奪ったものの、29歳のメキシコ人は諦めなかった。

 やや王者が優勢という印象で終盤を迎えるも、身長185cm のエスピノサは長い腕を折り畳んでの連打で襲い掛かる。「序盤に足を痛めた」という話もあったが、その粘りは驚異的だった。

 11回終了時点で、3人のジャッジの採点は三者三様のドロー。最終回、リングサイドで見守った家族の前で攻め続けたエスピノサは、ノンストップのコンビネーションで王者からダウンを奪う。"年間最高試合候補"とも称されたドラマチックな激闘の末、無名のエスピノサが2-0(113-113、114-112、115-111)の判定勝ちで新王者となった。

「今日は厳しい試合になりました。(ラミレスが入ってきたところでの)アッパー、ボディ打ちは相手を弱らせるために練習してきたパンチ。私は5回にダウンした際に足を痛めたんですが、大丈夫でした。3カ月間、毎朝5時に起きて走り込んだ甲斐がありました」

 エスピノサ側のコーナーについた、帝拳ジムの田中繊大トレーナーによる通訳で筆者の質問に答えたエスピノサは、感無量の表情を見せた。「ダウン応酬」「アンダードッグの番狂わせ」「最終回の逆転」といった、ボクシングならではの要素が散りばめられた一戦での初戴冠。まったく無名だったエスピノサだが、"マチズモ(男らしさ)"を愛するメキシコでの知名度も大きく上がったはずだ。

 トップランク社のプロモーターであるボブ・アラム氏は、フェザー級での「ラミレスvs井上戦」に何度か言及しており、ラミレスの王座陥落は誤算だったに違いない。ただ、"ある人の損失は、別の人の利益になる"という言葉もある。フェザー級では並外れた長身で、ファイトスタイルは好戦的。ボクシング王国メキシコ出身の新王者、エスピノサもまた魅力的な存在になり得る。

 これまで、井上にはメキシコ人の強力なライバルはいなかった。マニー・パッキャオ(フィリピン)がファン・マヌエル・マルケス、マルコ・アントニオ・バレラ、エリック・モラレスというメキシコの重鎮たちと死闘を繰り広げ、知名度、評価を上げたように、ボクシングビジネスにおけるメキシカンの重要度は高い。まだ気は早いが、サイズと意志の強さを備えるエスピノサは、井上の好敵手になるポテンシャルを秘めている。

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