井上尚弥「誰も辿り着けない領域へ」 決戦を前に、あくなきボクシングへの探求心 (3ページ目)

  • 本間 暁●取材・文 text by Homma Akira
  • 山口裕朗●撮影photo by Yamaguchi Hiroaki

【「遠慮なく言ってもらっていいですよ!」】

 汗を絞り出すと同時にクールダウンを兼ねた長いロープスキッピングを終え、ストレッチしながらのインタビューを再開する。

 開口一番、「スパーの出来がどうだって、遠慮なく言ってもらっていいですよ!」とにこにこしながら取材者の顔を覗き込んでくる。ほんのわずか、"照れ"も入っているのだろうが、かつてはこんなことも考えられなかった。どんなときでも、ことボクシングに関しては完璧を求めていた。不本意な出来に悩み惑い、スパーリングを封印したことも4年ほど前にあったが、「こんな日もありますよ。でも、気持ち的に乱れることはないですね」と飄々とした表情で応える。

 相手だけでなく、観ている者全てに寸分の隙も見せたくない。それがたとえ練習(スパーリング)であっても、だった。

「だって、こっちがちょっと手心を加えているのに、『井上尚弥に善戦した』とか、若い選手なんかはすぐ言いふらすから。それすらも許せなかったんですよ(笑)」

 だから、対峙する相手が誰であれ、倒すどころか破壊しにいっていた。が、今は「本番にしっかりと照準を合わせているから」と全く意に介さない。

 以前のペースでは、パートナーをいくら用意しても足りなくなってしまう。だから、うまく緩急と強弱を使いこなし、生き永らえさせる。それによって、自身が備える多くの引き出しの開け閉めを自在に使いこなせるようになった。だから、試合はおろかスパーリングでも、バラエティに富んだ、オールラウンドな井上尚弥によりいっそうお目にかかれるようになった。そして──。

「前は、無理な体勢からでも打ちかかったりしてケガをする元になっていたんです。だからいちばんは、ケガをしないように、こういうスタイルに変えた、というのが理由です」

 調整段階において、完璧な姿を披露し続けることでなく、「突き指ひとつしたくない」という肉体面に比重を置いた。それをふまえた「完璧な調整」を目指し、「心と体のバランス」を常に整えておく。

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