「ずっとこの瞬間を夢見てきた」。メルセデスAMGが生んだエリート中のエリートが涙のウイニングラン (2ページ目)

  • 米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki
  • photo by BOOZY

F1初優勝を逃してから2年

 レース中盤からラッセルのマシンには水漏れが起きており、水圧の低下度合いから計算すれば残り4〜5周でリタイアとなってしまう可能性があったという。しかし、チームはパワーユニットを失うリスクを覚悟のうえで、最後までレースをさせることを決めた。それも、ラッセルには何も知らせず、余計な不安は与えないように徹底していた。

「状況についてチーム内で話し合い、仮に水漏れが進行しても最後まで走り続けさせることで全員が合意していた。冷却面でやれることはすべてやって、最後まで走りきれるようトライしたんだ」

 レース前も緊張はしなかったというラッセルは、「やるべきことをやれば勝てるとわかっていた」という。

 16歳でメルセデスAMGのジュニアプログラムに起用され、GP3、FIA F2をデビューイヤーで制してF1に昇格を決めたエリート中のエリートは、確かなドライビング能力と知性でここまでやってきた。2020年サヒールGPではハミルトンの欠場で急きょメルセデスAMGに乗ることとなり、ピットミスとタイヤトラブルで後退するまでは首位を快走して見せた。

 あの時、目前で失った勝利をようやく取り戻した。16歳ながらスーツにネクタイ姿、パワーポイントで自己プレゼンをして「メルセデスAMGの育成プログラムに入れてくれ」とアピールしたラッセルを見出し、そこからずっと育ててきたトト・ウォルフ代表もようやく肩の荷が下りた気分だった。

「これを贖罪と呼ぶべきかどうかはわからないが、あのサヒールGPでも彼は勝利にふさわしかったと思うし、あの時は我々のせいで彼を落胆させてしまった。2年前に勝つことができていたはずなだけに、今日の勝利はなおさらうれしいよ」

 メルセデスAMGは一貫して、ランキング2位を獲るよりも「1勝」にこだわってきた。勝利なきランキング2位よりも、シーズン開幕時点の苦境から頂点まで舞い戻ってきたという証拠のほうがほしかったからだ。自分たちの注いできた努力が正しかったという事実は、来季型マシンの飛躍を裏づけてくれる。

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