MotoGPシーズン総括。撤退で考えるスズキ経営陣の「文化」への姿勢と来季日本メーカーの正念場 (2ページ目)

  • 西村章●取材・文 text by Nishimura Akira
  • photo by Nishimura Akira, MotoGP.com

 最終戦の2戦前、10月中旬の第18戦オーストラリアGPでも、リンスはホンダやドゥカティのライダーたちと最後まで激しいバトルを繰り広げて優勝を果たしている。この時にリンスとともに表彰台に上がったプロジェクトリーダーの佐原伸一は、壇上で思わず「見たかー!」と叫んだという。

 最終戦のウィークを控えたチームのホスピタリティ施設でこの時の様子を語る佐原は、あの台詞は特に誰かに向けて言ったものではなく、「僕たちはまだこれだけのことをできるんだぜ、という感情があんな言葉になったんだと思う」と笑いながら振り返った。

 そして、「今週末の日曜に、決勝レースでペコ(フランチェスコ・バニャイア/Ducati Lenovo Team)とファビオ(・クアルタラロ/Monster Energy Yamaha MotoGP)のチャンピオン争いが微妙な状況になったとしても、ウチは忖度なく勝っちゃうからね、というつもりでいますよ」と、ジョークのオブラートにくるみながらも、週末に向けた強い決意を述べた。

 そして、11月6日午後2時にスタートしたTeam SUZUKI ECSTAR最後の決勝レースでは、冒頭に述べたとおり、リンスが誰にも一瞬も前を譲ることなく、鮮やかで完璧で力強い優勝を成し遂げた。1960年に世界グランプリ開幕戦のマン島TTへ初めて参戦し、1962年にそのマン島で初優勝を挙げて以来総計162回目となるこの勝利は、歴代ライダーやチームスタッフ、開発技術者たちが長い時間をかけて連綿と積み上げてきた蓄積の集大成といっていい。

 彼らが一身に担い、ロードレースの世界で培ってきたスポーツ文化と、高い性能が示すブランド訴求力は、必ずしも財務諸表などの数値で定量的に明示されるものではない。それだけに、撤退を判断した経営陣の目から見れば、二輪ロードレース活動は事業全体の損益を検討すれば躊躇せずに切り捨てられるものなのだろう。

 ところが、文化は経済指標等の金銭に簡単に換算できるものではない。さらにいえば文化とは、企業のありかたや経営思想とも、実は不可分のものでもある。今回のこの〈撤退〉は、企業の中に息づく文化を、短期的な有形財貨と資産のみから成る価値として計量可能なものと考えるのかどうか、というスズキ株式会社経営陣の姿勢と思想を明らかにした、ともいえるだろう。

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