Jリーグ2005年の「新人王」カレン・ロバートの今 オランダ移籍後から暗転→「浪人生活」を繰り返した波乱万丈のサッカー人生 (4ページ目)

  • 浅田真樹●取材・構成 text by Asada Masaki
  • 佐野美樹●撮影 photo by Sano Miki

 だが、ずっとイギリスでのプレーを夢見るカレンも、タイと韓国での"浪人生活"を送るうち、厳しい現実に直面することになる。

「イギリスに行きたいなら、もう5部のクラブじゃないと厳しいかもっていう話になって、それなら一回仕切り直して、次の移籍市場が開く時にチャレンジしますということでタイへ行ったんですけど、タイが終わって、韓国が終わって、もう28歳かな。当時はよくわかっていなかったけど、28歳はもうヨーロッパ市場からすると、あまり魅力がない選手でした」

 いくらイギリスでやりたいと言っても、すでに家族もいる身にとって、まともな収入がないのでは厳しい。そんな折、思いがけず舞い込んだのが、インドからのオファーだった。

「(イギリスからの)もっといいオファーがないかと、ずっと待っていて、でも見つからなくて。『さすがにヤバいだろ』って言ってたところに、インドで新たにスーパーリーグがスタートすることになって、ローカルクラブからオファーをいただいたんです」

 こうして、図らずも延長することになった浪人生活のあと、ようやく夢のイギリスにたどり着いたのは、2018年。5部どころか、6部でもなく、7部相当のリーグに所属するレザーヘッドFCだった。

 夢のイギリスとはいえ、舞台は7部。当初カレンが「イギリスでサッカーをしたい」と思い描いていた時のイメージとは、必ずしも一致するものではなかったのかもしれない。

 事実、カレンは自身のキャリアを振り返り、「満足できるようなものではなかったです。A代表にも入りたかったし、プレミアリーガーにもなりたかった。夢は叶えられなかったかな」と語っているとおりだ。

「最後は、どうしてもイギリスでプロ選手としてやりたいっていう夢があって、それを叶えるためにいろいろやってたけど、うまくいかない部分もたくさんあって。満足いくチームには行けませんでした」

 しかし、そんな言葉とは裏腹に、カレンの表情にすがすがしさこそあれ、暗さはまったくと言っていいほど感じられない。

 でも、とつないで、カレンが続ける。

「振り返れば、すごくいい経験をさせてもらったし、そこに後悔はまったくない。ホント、面白いキャリアだったなって思います」

(文中敬称略/つづく)

カレン・ロバート
1985年6月7日生まれ。茨城県出身。市立船橋高卒業後、2004年にジュビロ磐田入り。2年目の2005年に31試合出場13得点を記録して新人王に輝く。2010年夏にロアッソ熊本に移籍し、2010-2011シーズン途中からオランダのVVVフェンロに加入。以降、タイ、韓国、インドのクラブを渡り歩いて、2018年にイングランド7部のレザーヘッドFCでプレー。2019年に現役を引退。自身が立ち上げた房総ローヴァーズ木更津FCの運営に専念する。

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