「パスは未来へ出せ」。ベンゲルは低迷するグランパスの選手に言った (3ページ目)

  • 飯尾篤史●取材・文 text by Iio Atsushi

パスは未来に向かって出せ!

 キャプテンのGK伊藤裕二と、副キャプテンのMF浅野哲也が監督室を訪ねたのは、第8節でサンフレッチェ広島に0-4で敗れ、最下位に転落した直後のことだった。

 失点は続いていたが、キャンプ中からゾーンディフェンスの習得に力を注いできた甲斐もあり、守備の約束事の理解は進んでいた。

 だから、攻撃も突き詰めて教えてほしい――。

 それが、選手たちを代表して彼らが伝えた内容だった。

 そのリクエストに対して、ベンゲルは困惑した。あらゆる局面における攻撃の判断にこそ、選手のイマジネーションやクリエイティビティが発揮されるものだからだ。選手がフリーマインドでプレーすべきで、監督が「ああしろ、こうしろ」と指示すれば、選手の判断力や創造性が損なわれてしまう。

 だからこそベンゲルは、選手にどう動き、どんなプレーをすべきなのかを考えさせ、自ら選択させるようなトレーニングメニューを組んできた。「この場面では、この選手にパスを出せ」などという言い方は一切していない。そのスタンスはその後も変わることがなかったが、この直後のミーティングで、ベンゲルはあるヒントを授けた。

 Pass should be future, not past, not present.

 パスは未来へ出すものだ。過去でも、現在でもなく――。

「その言葉を聞いて、頭の中がすごくクリアになりましたね」

 そう語るのは、中西哲生である。ピッチ内において「future=未来」は前、「past=過去」は後ろ、「present=現在」は横を意味する。つまり、パスコースの最初の選択肢は前であるべきで、前に出せなければ斜め前、そこにも出せなければ横、バックパスは最後の選択肢、というわけだ。

 前方にパスを出すためには、前に人がいなければならない。だが、チームが採用するシステムは4-4-2で、当たり前のことだが、2トップの前には人がいない。それでも前にパスを出すためには、どうすればいいか――。答えは簡単だった。

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