なでしこジャパンの守護神・山下杏也加が苦しんでいた「最悪の選択」 8カ月前の悪夢からW杯までどう立ち直ってきたのか (2ページ目)

  • 早草紀子●取材・文・撮影 text&photo by Hayakusa Noriko

 山下の長所は、強靭な筋力を武器にしたセービングや瞬発力といったスキルだが、それ以上に独自の視点に納得させられることが多くあった。彼女の"気づき"はチームにとって、攻守に渡り自分たちの弱点を見極めるきっかけとなる。だが、伝え方が直球ゆえに空気がピリつくこともしばしば......。自身の気質を十分理解している山下は大会前、「波風を立てないようにするほうがいいかもしれない」と、意見することを自粛する考えも抱いていた。

 ところが、今年6月に最終メンバーが発表されてからのなでしこジャパンは、キャプテンの熊谷紗希(ASローマ)が目指す"なんでも言い合えるチーム"へ変化しようとしていた。

 山下と切磋琢磨する平尾知佳(アルビレックス新潟レディース)、田中桃子(日テレ・東京ヴェルディベレーザ)という2人のGKの存在にも助けられながら、勝利のための意見を交わすことへの壁が徐々に払拭されていった結果、ベスト4進出をかけた大一番のスウェーデン戦前には、「ここまでいい準備ができていることには満足しています」と、自信をのぞかせていた。

 しかし、スウェーデンのサッカーは高く、速く、オーガナイズされていた。最初の失点は警戒していたセットプレーで、一度ははじくもこぼれ球を押し込まれた。後半のPKでも、少しでも相手に負荷をかけようと動きを加えて立ち向かうも止められず。日本としても、山下としても、自信を持って準備してきたその上をゆく----スウェーデンの底力を見せつけられた。

 試合後、山下は泣き崩れる若手を抱き起こし、すばらしい砦として力を発揮していた相手GKと笑顔で言葉を交わしてハグをした。その表情は力を出しきったように見えた。チームとして円陣を組んだあと、熊谷が再び選手たちだけを集めこう締めた。

「自分たちのできることはすべて出しきったし、この試合は1番よかった。この試合を見てサッカーを目指そうって思ってくれる人は必ずいるから自分たちはこの試合を忘れず、やり続けよう」

 円陣が解かれた直後、山下はチームメイトに背を向け、瞬時に顔を拭う仕草をして、込み上げる感情を押し殺していた。

 なでしこジャパンにとって、ベスト4はまったく手の届かない場所ではなかった。山下の言葉を借りれば「お互い攻守ともに平等にチャンスはあったので、自分が止めるか、自分たちが決めるかという試合」だった。前半は後手に回ったまま修正できなかったこと、セットプレーの対応、カウンターを封じられたあとのアイデア......悔やむ点をあげればキリがない。

 それでも確かなことは、なでしこジャパンがスタジアム全体をプレーで惹きこんでいたということ。ラグビー文化が色濃いニュージーランドでこの試合に43,217人の観衆が集まった。特に後半に入るとスタジアム中に響く「NIPPON!」コールが何度も沸き上がった。

スウェーデンが時間稼ぎのプレーをすれば、おびただしいブーイングが浴びせられた。後半のアディショナルタイムが10分と示されると「まだ日本行けるぞ!」と言わんばかりにスタジアムにどよめきと拍手が起こった。

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