初代・山の神「もうマラソンはダメだな」からの復活劇。なぜ今井正人は引退覚悟のレースで結果を出せたのか (3ページ目)

  • 佐藤俊●文 text by Sato Shun
  • photo by スポニチ/アフロ

引退覚悟のレースで結果を出す

 動き始めた今井は2021年2月、重大な決心をする。1年後の2022年2月の大阪マラソンで結果を出せなかったら一線から身を引く覚悟を監督に伝えた。

「監督に話をしたことで気持ち的にはスッキリしました。MGCが終わったあと、五輪に向けて目標が定まらないなか、競技を続けるのが一番キツかった。でも、1年間という区切りをつけることで大阪マラソンに向けて、どう自分を作っていくのかというのが見えたんです。会社や監督には走れない自分をずっと見てくれてすごく感謝をしていましたが、いつまでもそこに甘えているわけにはいかない。1年でけじめをつけると決めたことで、そこに集中していくことができたんです」

 今井は、ひとつひとつの練習を後悔しないように取り組み、1日1日を納得して過ごしていった。過去にない充実した練習ができて、レース前は気持ちが高まり、やる気に満ちた。そうして、2022年2月、大阪マラソン・びわ湖毎日マラソン統合大会の舞台に立った。MGCから2年5か月ぶりのレースだった。

「自分のなかでは人生最後の勝負するレースだと思ってスタートラインに立ちました。全力を出さないと永遠に後悔する、雑に終わらせるわけにいかないと思っていました。走っている時は、すごく楽しくてあっという間に35キロまできました。そこから最後までは長かったですけど、ここまできたらMGCを獲らないとと思い、もう必死でした(苦笑)」

 今井は2時間8分12秒で6位となり、MGCの出場権を獲得した。

「ひとつの形にはなったと思うんですけど、6位なんでね(苦笑)。やっぱり勝負事は一番を獲りたいですよね」

 1年間の取り組みで結果を出し、マラソンに取り組むうえでの手応えは感じられた。前回のMGCは戦うスタートラインにも立てていなかったと悔いたが、来年のMGCは、どのような気持ちで迎えようとしているのだろうか。

「北京世界選手権、前回のMGCは自滅で、負けた悔しさよりも万全の状態でスタートラインに立てなかった悔しさのほうが大きかった。今回は、21年からの取り組みのように、出し惜しみせず、自分で考えた練習をすべてやりきった状態で、スタートラインに立ちたい。レースでは自分は来年実業団で17年目になるんですが、やってきたものをすべて出して、勝負していきたい。このレースが最後になってもいいというくらいの覚悟を持ちつつ、今までのレースのなかで一番楽しめるものにしたいと思います」

 ここまでの覚悟を持って戦えば、少なくとも満足がいくレースができるはずだ。ランナーにとっては、勝ち負けも大事だが、自分が納得できるレースができるかどうかも非常に大きい。そして、MGCで結果を出せば、パリの灯が見えてくる。

 今井にとってパリ五輪とは、どういう舞台になるのか。

「最後の挑戦です。MGCもそうですが、自分のなかでは五輪を狙う、そして五輪の舞台を走る挑戦はこれが最後になります。高校で陸上を始めた時の自分との約束をしっかり果たしたいですね。ベテランですが、キプチョゲ選手は同年代で、世界のトップを走っています。自分も年齢は気にせず、すべてを出してMGCで勝ちたい。2年後は、パリで日の丸をつけて走りたいと思っています」

 今井がパリ五輪のマラソン代表となり、順大の後輩の三浦龍司(現3年生)がトラックでの出場を実現したらおそらくコーチとして長門俊介(現順大駅伝監督)が帯同することになるだろう。順大の同期がプレーヤーとコーチとしてパリ五輪で再会を果たすことになる。

「それを聞いて、鳥肌が立ちました。僕にしかできないことなので、実現したいですね(笑)」

 競技人生で悔いのない走りを実現するために、まずはMGCまで1日も無駄にすることなく、コツコツと練習を積み重ねていく。そうして、MGCでは、森下と中山が見せたようなシーンを今度は今井が見せてくれるかもしれない。

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