藤澤五月「ライバルにそんなこと聞けない」負けず嫌いが炸裂「10回やって1回勝てるか」という練習試合の日々 (2ページ目)

  • 竹田聡一郎●取材・構成 text by Takeda Soichiro
  • 藤巻 剛●撮影 photo by Fujimaki Goh

【兄弟子相手に負けず嫌いが爆発】

 SC軽井沢クラブとは練習試合も本当にたくさんしました。その頃、彼らはすでに日本選手権3連覇を達成していたチームだったので、いつも苦戦を強いられ、ほとんど勝つことはできなかったです。

 はと美さんには、「作戦でわからないことがあれば、モロに教えてもらいなさい」「疑問があれば、モロに聞きなさい」と言われていました。彼らはいわば"兄弟子"みたいな存在なのですが、それ以上に私にとっては負けたくない"身近なライバル"でした。だからそう言われても、持ち前の負けず嫌いを発揮し、「ライバルにそんなこと聞くかい! 勝ちたいんだから」と、自力でなんとかしようとしていました。

 今考えれば、はと美さんがわざと(私を)煽っていたのかなとも思いますが、単純な私は彼らにどう勝つか、常に考えていた気がします。

 ジュニア時代にやっていたハウスのなかにある相手の石を簡単に出してしまうカーリングではなく、それを利用して石を溜めて複数得点を狙いにいく。その途中で、男子カーリングで多く見られる速いテイクで形を変えられたり、壊されたりしながら、どうやったら有利な局面を作ってエンドをコントロールできるか、みんなで考え続けました。

 考えることは増えましたけれど、考えれば考えるほどカーリングの楽しさを知る日々でもありました。戦績は10回やって1回勝てるかどうかでしたけれど、勝った時は大満足で、モロさんの顔を見ていつもよりニヤニヤしてやりました。

 改めて振り返ってみると、世界ジュニアに出て「もっと考えないと勝てないんだ」と知って、「もっとうまくなりたい」と願ったこと。そして、その時期にSC軽井沢クラブとの何十試合の練習試合で得た、負けた悔しさと勝った喜びが、確実に今の私を育んでくれたと信じています。

 おそらく高校3年生の18歳、そして中部電力に入った19歳の頃が、"量"という意味では人生で一番アイスに乗っていた時期かもしれません。

 のちに『軽井沢アイスパーク』という通年型の立派なカーリングホールができるのですが、軽井沢での氷上練習と言えば、『スカップ軽井沢』で中部電力のチーム練習はもちろん、SC軽井沢クラブのみんなと黙々と石を投げた時間とそのストーンがアイスを滑る音を、いつも思い出します。

藤澤五月が黙々とストーンを投げ続けた『スカップ軽井沢』。現在は温水プールとして営業している。写真:本人提供藤澤五月が黙々とストーンを投げ続けた『スカップ軽井沢』。現在は温水プールとして営業している。写真:本人提供この記事に関連する写真を見る藤澤五月(ふじさわ・さつき)
1991年5月24日生まれ。北海道北見市出身。高校卒業後、中部電力入り。日本選手権4連覇(2011年~2014年)を果たすも、ソチ五輪出場は叶わなかった。2015年、ロコ・ソラーレに加入。2016年世界選手権で準優勝。2018年平昌五輪で銅メダル、2022年北京五輪で銀メダルを獲得した。趣味はゴルフ。

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