小平奈緒とともに18年間歩んできた結城匡啓コーチ。最後に見せた最高のレースに「出会えて本当にありがとう」 (3ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by AFLO SPORT

感情を抑えて目指したのは最高の滑り

 結城コーチはレース後、「いいレースだったな」と小平に声をかけ、ふたりで滑りを振り返った。観客席を埋め尽くした6000人を超える観客の満足する姿に目を向けたら、ふたりとも会話にならなくなると思い、視線をそらしていたと笑う。

「レース前に小平は、おそらく感情を遮断していたと思います。『ありがとう』と言いたいことがたくさんありすぎて、感情を遮断しなければ感極まってしまう。その点ではいつもどおりではなかったけど、小平奈緒が小平奈緒でいるところを、最後に見てもらうという気持ちだったと思います」

 それは小平自身も口にしていた。2日前に受付を済ませてプログラムをもらった時、いつもは見たことがなかったプログラムのページを何気なく開くと、そこには所属する相澤病院からのメッセージが書かれているページがあった。

"たくさんの応援をありがとう。たくさんの声援をありがとう。たくさんの笑顔、たくさんの涙。たくさんの歓喜をありがとう。

 13年間、そのエールのそばにいられたことを私たちはとても嬉しく、誇りに感じています。

 大きな声で後押しはできないけれど、暖かな拍手で包むことならできるから。ラストレースを一緒に愉しみましょう。いつまでも途絶えない、たくさんの拍手とともに。"

 これを読むと、30分ほど涙が止まらなかったという。

「そこが一番、感情が沸き立った瞬間でした。急いでページを閉じて、『ダメだ、ダメだ。心を閉じて滑り切らなければダメだ』と思いました」

 涙を止めて、最後までアスリートとして滑りきりたいという、強い思いを小平は奮い立たせた。

「過去の自分には届かなかったけれど、夢見ていた空間のなかで滑ることができたのは、五輪でメダルを獲った時よりも、世界記録に挑戦した時よりもずっと価値のあるものだったと感じました」

 結城コーチは、これまで小平のレースを半分は親みたいな気持ちになって見ていたと微笑む。だから今回もスタートラインについた彼女が、無事にゴールして欲しいという思いが半分。すばらしいタイムを出せたことへのうれしさが半分だった。

「もっとやれるとは思いますが、今回をラストレースにする理由は、そのくらいすべての生活をスケートに捧げ、費やしてきているからだと思います。だからここで、スケート以外の時間も大事にしたいと......。彼女自身の人生の豊かさとか、人とのつながりなどを新たに求めるための決断だったと思います。

 これからの小平はどの道に進んでも、多分大丈夫じゃないかなと思います。アスリートとしてはここで一旦区切りがついたけど、このあとが大事になるというか人生の本番なので、本人が納得いくものになってくれたらいいなと思います。そのためにこれからも応援するし、見守っていくという感じです」

 小平が信州大を選んで出会えたことに、「本当にありがとうと言いたい」という結城コーチ。2人の師弟関係はこの日を境に、セカンドステージに進んだ。

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