アントニオ猪木とモハメド・アリには共通点があった。実況アナが明かす試合前の10日間 (2ページ目)

  • 松岡健治●文 text by Matsuoka Kenji
  • photo by Kyodo News

【猪木にとって圧倒的に不利なルール】

 どんな試合になるのか予測がつかないのは、実況する舟橋も同じだった。

「私は、プロレスとは『鍛え上げられた肉体のぶつかり合い』だと思っています。その激しい動きの中で、試合は選手同士の"阿吽の呼吸"で紡がれていく。『猪木さんの最高の名勝負と評されることも多い、ドリー・ファンク・ジュニアとの60分フルタイムでのドローの試合(1969年12月2日、大阪府立体育会館)は、そんな試合の最高峰でした。

 プロレスの美学は、ショーアップではなくぶつかり合い。リング上でそれを表現しながら人々を鼓舞していく芸術的なスポーツなんです。そういう意味で、まったくルールがまとまらない猪木vsアリの展開は読めませんでしたし、大変なことになるかもしれないと思っていました」

 ようやくルールが発表されたのは、試合の3日前の6月23日。新宿の京王プラザホテルでの調印式で報道陣に公開された内容は、猪木にとって圧倒的に不利なものだった。

 3分15ラウンド。アリはボクシンググローブを着け、通常のボクシングの試合と同じ攻撃が認められた。一方で猪木は、ヒザ、ヒジ、チョップでの打撃、頭突き、投げ技が禁止。蹴りに関しては、どちらかの足の膝がリングに着いている状態でのみ認められるというものだった。

 ほぼすべてのプロレス技が禁止されたルールは新聞各紙でも報じられたが、舟橋は中継の番組プロデューサーに対し、試合当日までにこのルールを視聴者に周知させておくべき、と提案した。

「異種格闘技戦ですから、視聴者が一番知りたいのはどんなルールで闘うのかということ。だから私は、フリップなどにルールの概要を書いて、事前番組などで視聴者に説明したいと提案したんです」

 だが、舟橋の提案は退けられることになる。

「プロデューサーは『そんなことはやめてくれ』と。理由は『ルール問題は、直前まで交渉しているから』とのことでした。私としては、まったく新しい試合形式とルールを説明しないまま中継することは不親切だ、と考えていたんですが、プロデューサーからは『そこを試合でうまくしゃべるのがお前の仕事だ』と言われてしまいました(苦笑)」

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