「恵子、プロになれ」試合出場を却下され続けた女性ボクサーを勇気づけた盲目の指導者の言葉「ずっと誰かに言ってほしくて」 (2ページ目)

  • 泊 貴洋●取材・文 text by Takahiro Tomari
  • 山本雷太●撮影 photo by Yamamoto Raita

【引退の真相と、「手話柔術教室」への道のり】

 それからの日々は、映画『ケイコ 目を澄ませて』で主演の岸井ゆきのが体現している。第2戦でも勝利したものの、打たれる恐怖を知ったこと、心配する母親から「ボクシング、やめなさい」と言われたこと......。そしてデビューから約1年後の2011年6月7日、恵子さんは第3戦で敗れて引退する。2013年に一度復活して勝利したものの、その後リングに上がることはなかった。

『ケイコ 目を澄ませて』ではケイコ役を岸井ゆきのが演じた『ケイコ 目を澄ませて』ではケイコ役を岸井ゆきのが演じたこの記事に関連する写真を見る「その頃、会長の具合が悪くなって、ジムが閉鎖したんです。私はまた試合をしたいと思ってジムの移籍を希望したんですけど、認められなくて......。結局、ずるずると引退になったので、あんまりいい終わり方じゃなかったですね」

 2016年に、プロのキックボクサーだった現在のご主人と結婚。仕事は歯科技工士から一般企業へ転職。2012年に始めたものの一旦離れていた柔道を再開した。

「また体を動かしたいと思って、道場に通いました。そして苦手だった寝技に強くなりたいと2017年に始めたのが、ブラジリアン柔術でした。ブラジリアン柔術の楽しさは、技がたくさんあるので、達成感をいっぱい感じられるところ。ボクシングとつながるところもありますね。大事なのは、相手をよく見て、タイミングを見定めること。瞬発力やスタミナも生かされていると思います」

 ブラジリアン柔術の帯は白から始まり、青、紫、茶、黒と5段階。恵子さんは3年目で紫まで上がった。その間に聴覚障がい者とジムで知り合ったが、みんなほどなくやめていったという。

「やめる理由を聞くと、『コミュニケーションがうまくとれなくて、寂しい』と。あと、私も経験してますけど、ジムもあまり相手にしてくれないんですよね。だから隅っこでひとりで練習して、フェードアウトしていく。特にブラジリアン柔術は、技の名前や動き方を説明するのに言葉が必要なので、続けるのが難しいんです」

 そんな経験をもとに始めたのが、聴覚障がい者に手話で柔術を教え、健常者には手話に興味を持ってもらう「手話柔術教室」だ。取材当日、まず始まったのは、伝言ゲーム。「虫」「猿」などをジェスチャーで伝えるが、なかなか"伝言"できない。最後に、それを正しく伝える手話表現を教える。

恵子さんが開いている「手話柔術教室」恵子さんが開いている「手話柔術教室」この記事に関連する写真を見る「ここで少しでも手話を覚えてもらって、他の道場に行った時に聞こえない人がいたら、『少し手話ができる』と伝えてほしい。そうしたら、聞こえない人はちょっと安心できるから」

 教室の後半は、道場の代表・原秀紀さんによるブラジリアン柔術講座。最後に実戦タイムがあり、恵子さんと女性トレーナーの模擬試合を見ることができた。寝技の応酬が続き、最後は「強い!」とトレーナーが悲鳴を上げた。

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